魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



「トライホーン! パニッシャーモード!」
《Rager!》
 それまで槍による攻撃主体だったものを、ゼムゼロスは魔法による攻撃に切り替えた。当然、デバイスもそれに特化したモノへと切り替える。
 いくら不死に近いと言ったところで、こう何度も全損を喰らっては、効率が悪すぎるのは否めない。だから接近戦主体から、距離をとった砲撃戦に切り替えることにしたのだ。尤も、相手が如何に懐にもぐりこんでこようとも、遅れをとるなどとは露とも思わない。それだけの自信が彼にはあったのだ。
 そして今、彼の手にする三又の槍が、ガコガコといくつかのパーツに分かれ、その姿を変えていく。青い水晶状のコアパーツをそのままに、流麗な角笛を吹く水妖のレリーフが入った円形の杓杖へと姿を変え、変形は完了した。
 それを構えるより早く、ゼムゼロスは呪文を唱えた。
「猟犬よ来たれ!」
《Black Hound!》
 レリーフの入った杖の先をシグナムに向けたゼムゼロスは、杖に対してコマンドを使ってみせた。インテリジェントデバイスへのコマンド命令は、自動詠唱のそれとは違い、かなりの錬度を要する大呪文がほとんどだ。
(奴め。ようやく本気か!)
 シグナムのバックアップに回っているザフィーラは、その光景を見て、忌々しげに呟いてみせた。同じく十四時間という長丁場を戦うシグナムは、相手の底なしの体力と魔力に辟易し、陰鬱とした眼差しでそれを見つめていたのだ。
 三度もこの相手を屠り去ったというのに、しばらくすると同じ姿形(上から下まで真っ黒の衣装そのままに)で現れるのである。それまでの時間と労力がすべてリセットされ、また最初からやり直しという事態を四度も立て続けにやらされれば、やってられるか! と吼えたとて、誰も攻めたりはしないだろう。
 だがそう叫んだところで、相手がその手を止めてくれるはずもない。返って「ならばその体を差し出し、楽になれ!」と罵倒することだろう。
 そしてそれを現実のものとするかのように撃ち放った砲撃は、自動追尾型の魔法である。
 しかしその弾体は、大型狩猟犬のような姿形をしており、それは砲撃魔法というより使役した獣魔を差し向けたように見えたのである。そしてそんな獣魔共は、必死に逃げる兎を追いかけるそのものの勢いで、風を切り裂いて、シグナムめがけて襲い掛ったのだ。
 が、シグナムは動かない。
バインドによる拘束をされているわけでもないのに、
 彼女は、
 ピクリとも、
 微動だにしなかったのだ。
(? シグナム!)
《Meister!》
「!」
 正常性バイアスでも働いたのか、彼女は獣魔の群れを砲撃魔法と認識できず、ただの犬の群れが駆け寄ってくるように捉えてしまい、ただ呆然と獣魔の群れを眺めやってしまったのだ。集中力と、モチベーションの低下が招いたその事態は、きわめて深刻であることを指し示す。
 既のところで、ザフィーラとレヴァンティンの叫びで忘我の淵から返り咲いた彼女は、とっさに左腕で掲げて、獣魔の攻撃を受けとめに入った。
 砲撃魔法の弾体であるそれを、何の策もなく、普通に手をかざして、だ。
 もし仮に、それが本当に召還魔法によって呼び出された実体を持つ獣魔であれば、突き立てられた牙はザフィーラのサポートの元、彼女の体に突き立つようなことはなく、せいぜいかすり傷程度で済ますことが出来ただろう。がしかし、それの実態は砲撃魔法の弾体なのだ。
 食らい付き、牙を立てたことを確認した後、自壊して対象を巻き込んで爆発する。
 そうプログラムされた弾体を、ただ掲げただけの左腕で防げる道理がどこにあろう。
 だから、ほぼ棒立ちに近い無防備な状態で、シグナムは直撃を食らってしまう結果になった。
 如何な烈火の将とて、このような至近で、体長二m余りある獣魔の巨体が爆ぜれば、ただで済むはずがない。五体満足でいられると考えること事態が間違っている。
 最悪、実体化することも出来ないほどに、破壊されている場合が考えられた。
 が、シグナムは無事だった。
 理由の一つとして、ザフィーラのサポートが間に合ったことがある。
 この長丁場の間に、ゼムゼロスから物理的な接触によるシグナムへのハッキングは、数えるだけで一千回以上にも及ぶ。その尽くを、シャマルが残した抗体プログラムと、自分の盾としての本領を発揮させることで退けてきた。
 その傍らで、バインドや魔力補助などのサポーターとして奮闘してきたのである。
 シグナムと同じように、彼も永遠に続くかもしれない緊張の直中に置かれていたのだ。彼にも正常性バイアスが起こりえたのだが、彼の『盾』としての気質が、それを防いでみせていたらしい。
 だからこそ、彼女を護るために瞬き一瞬ほどの時間の勝負に勝ってみせ、シグナムに鎧強化を施すことに成功したのだ。
 だが、係る事態は深刻だ。
 追い詰めるつもりで作り上げた封鎖結界が、逆に自らを閉じ込める檻となってしまったのだ。そして檻の中には、いつ襲い掛かってくるか分らぬ手負いの獣が、虎視眈々と、手ぐすね引いて待ち構えているのである。
 ましてや、外部からの支援を当てにすることも出来ず、孤軍奮闘するしかないとなれば、疲弊していって当然である。
 熱血漢ディーグ・オレイン同様、微力ながらも支援に入ろうとする動きは、ニルヴァーナ艦内でも当然のようにあったのだ。しかし、ロストロギアの簒奪と、武装隊隊員への人的被害(生体部品として取り込まれる)の発生を恐れたシモーネの指示で、それは果たされなかったのである。
 シグナムを、そしてヴィータをたった一人で戦わせ続けることに臍を噛み、現場に駆けつけたい衝動に駆られたのは、言うまでもなくシモーネ自身であったことを、ここに付記しておく。

 シグナムが無事だった理由を、更に一つ上げよう。
 レヴァンティンである。
 この忠義のアームドデバイスは、シグナムが予め、状況に応じて適宜、ブラッディーダガーで迎撃するよう設定したコマンドセットを、忠実に果たしてみせたのだ。
 獣魔がシグナムの腕に喰らいつく寸前、顎の下からブラッディーダガーを打ち込み、獣魔の爆ぜる際のエネルギーを、瞬間的に反らせたのだ。
 更には、今この瞬間にも、そして死に体で宙を泳ぐ形になっている彼女を護るべく、ブラッディーダガーを周囲に展開させ、獣魔による後追いの攻撃を牽制してみせていたのだ。
 そして今ひとつ、シグナムが五体満足でいられる理由があった。
 それは・・・

   ◇

 十四時間以上もの長丁場を戦っていたのは、なにもシグナムだけではない。
 ヴィータとて、性も根も使い果たさんばかりに、奮闘の限りを尽くしていたのだ。
 ぜーぜーと、肩で息をしてみせる彼女を見て、ゼラフィリスは嘲り笑う。
「どうした小娘! ヘバったのかい!」
「うっせ! てめえなんぞに全力で当たるんがもったいないんだっつーの!」
 まだまだ減らず口が叩けるのだから、彼女も存外にタフだ。
 しかし、それまで事あるごとに「ヴェア・シュランゲ」と、相手の神経を逆撫でていた軽口がついてこないのだ。相当にバテてきているのは誰の目にも明らかだった。
 だがヴォルケンリッターの中で、一番の減らず口は彼女である。こんな時だからこそ、弱音は吐かないのだ。いやさ、吐こうとも思わない。むしろ「武士は食わねど高楊枝!」とばかりに威勢を良くする傾向にでるのだ。
「だあありゃあああああぁぁぁぁぁっ!」
 ドリュッケント・シュラークで仕掛けるヴィータを、
「破れかぶれの殴りこみかい!」
 と蛇竜のゼラフィリスは余裕綽々の体で、応酬のスピア・レインズを撃ち放った。
 ザフィーラ経由での魔力の補給という裏技も利用しているが、シグナム同様、ヴィータも、体力的にも精神的にも限界に近づきつつあった。
 一旦、距離とって休ませることも考えたザフィーラであるが、サポートされる側はそれを頑として受け入れない。
 何故なら、相手にかつての自分達を重ね合わせているからだ。
 しかしだからこそ、退くことを由としないのだ。
 何としてでも止めてみせる。
 そして連中を、自分たちと同じような光の当たる場所へと導いてみせる!
 それは、聞く者が聞けば「偽善者め!」と一笑に付すものだったが、彼女たちにしてみれば、「偽善者結構! だがそれの何が悪い!」と取って返すのだ。
(どうしようもない馬鹿どもだ!)
 ザフィーラなどはそう嘆息したが、その表情は、決して罵る側のそれではない。むしろ悠然とした態度で、女どもよりも威風堂々と笑い返してみせるはずである。
 だがそんな彼をして、この戦局を引っくり返す、決定的な一手を持ち合わせてはいなかったのである。
 焦燥にも似た、忸怩たる思いがこみ上げてくる。
 この難敵相手に中途半端な攻撃を仕掛ければ、かえってこちらの首を閉める結果になってしまう。それだけは、皆骨身に染みてわかっている。
 ならば、全てを滅ぼせばいいかと言えばそうもいかない。
 彼らヴォルケンリッターは嘱託とはいえ、時空管理局の関係者なのだ。例え相手が戦闘兵器だったとしても、これを殺傷していいはずがないからである。
 だが向こうは、手加減無しでこちらを攻め立ててくる。
 時には分体の群れで。
 時には影に紛れて単体で。
 そして時には大出力の砲撃魔法で。
 自分達を飲み込もうとし、侵食しようとし、屠り去ろうとして、仕掛けてくる。
 一瞬足りとて気が抜けぬ戦闘は、精神をすり減らし、正常な思考が出来ない恐慌状態に追い込もうと攻め立ててくる。
 そんな防戦一方な戦いを強いられたのは、彼らが夜天の魔道書と共にあった時分でさえ、そう何度とない。そしてこれほどに苦しい戦いは、今の今まで、経験したことがなかったのだ。
(・・基本戦術を見直す必要があると言うことか・・・)
 ザフィーラはポツリと独りごちた。
「あ? 訳のわかんねー事言ってんじゃねーぞザフィーラ!」
 ゼラフィリスのスピアレインズの貫通力は並大抵のものではない。パンツァーシルトの二枚重ねで凌いで回るヴィータが、「モウロクするにゃまだ早ーぞ」と失礼なことを口にする。
 確かに彼がサポートする二人の騎士は疲弊の極みにあった。しかし、どちらも諦めの境地には至ってはいない。それはヴィータの口調からもはっきりと窺い知ることが出来た。
 シグナムは、視覚情報から誤った認識をしたに過ぎず、これがなのはのディバインシューターのような無機物の光弾であれば、正常性バイアスなどという認識障害など発症しなかったはずである。
「あたしらははやての剣だぞ! しかも絶対折れちゃなんねー最高のな!
 この程度のことでしょぼくれちまったら、誰がはやてを、『夜天の王』を護るって言うんだ!
 戯けたこと言ってる暇あったら、連中とデバイスを切り離す算段でも立てやがれ!」
 ヴィータの言葉には、十四時間の長丁場を戦っているという疲労など感じさせない威勢の好さがあった。そして、相手がどのようにして再生のエネルギーを得ているのか、全損後、どのようにして再生を行っているのかを理解した上で、対抗手段を模索していたのだ。
 つまりは、諦めていないのである。
(・・ほぅ・・・)
 だからザフィーラは素直に関心してみせたのだ。
「んだよ?」
(ただ力任せに得物を振り回していた訳ではないのだな)
「テメェ・・あとでその皮引ん剥いて絨毯にしてやるから覚悟しとけよ!」
(フッ。それは困る)
「なら、やることやりやがれ!」
 前にも同じようなこと言ったような? と既視感を覚えつつ、パンツァーシルトの影から飛び出したヴィータは、青き獣への恨み言もそこそこに、特殊コーティングの弾核をスカートの隠しから取り出すと、出し惜しみは無しとばかりにヴェスペ・グライフェンを八発打ち出した。
 解き放たれたスズメバチ達は、捕らえ処のない無秩序な軌道を描いて、スピアレインズのスフィアを強襲。これを破壊して回った。
 その間にも、スズメバチ達を放った本人はフェアーテで加速。着弾の確認もせずに、ヴィータはドリュッケンドシュラークで蛇竜の横っ面を思い切り殴打した。
「まだまだーっ!」
《Gigant form!》
 ドリュッケンドシュラークの加速による勢いをそのまま利用して、ヴィータは振りかぶったグラーフアイゼンを大上段から一気に振り下ろした。狙うは一点! 相手の額に納まっているインテリジェントデバイスのコアパーツだ。
 ズガン! 
 大型自動車同士が正面衝突したような轟音が、辺り一面に轟いた直後、
「ギシャアアアアアアアァァァァァァッ!」
 蛇竜が断末魔のような絶叫を上げたのだ。それは確実なダメージを入れた何よりの証拠だ。
 しかしヴィータは尚も蛇竜を追う。
 先程の一撃は、確かに相手のインテリジェントデバイスに対して、致命的な一撃を入れたという手応えを感じている。
 ならば相手は、デバイスの自動修復の時間を稼ぐための行動に出て当然だ。つまりはデバイスとともに分体した個体一匹が、再起を図って逃亡した後、残った郡体がこちらに仕掛けてくるはずだからだ。
 その機先を制して、デバイスとゼラフィリスの個体を抑えれば、残った郡体は(ひどく厄介な相手となるが)無視できる。
 したがって、この機を逃すと元の木阿弥となってしまう。一分一秒を無駄には出来ないのだ。そしてこの瞬間こそが、勝敗を決める分かれ目となるのは明白である。
 案の定、ヴィータの行く手を阻もうと、こちらの思惑を察知した蛇の群れが襲い掛かってくる。
 だが、蛇たちは最悪の行動に討って出たのだ。
(ヴィータ! 後退しろ!)
 それに先に気付いたのはザフィーラだった。
 しかし時、既に遅し!
 ヴィータの周りは、既に蛇の群れによって取り囲まれていたのだ。
 そしてヴィータの目の前で蛇たちが、赤い炎を身に纏い、閃光を発しながら、
 自爆したのである。
 まさしく特攻だった。
 ざっとその数、一万余り。
 それだけの数の蛇の群れが、ヴィータ目掛けて四方八方から仕掛けたのである。しかもご丁寧に、外周から遅延爆発を起こす群れもあったのだ。
 ヴィータは確かに機先を制した。しかし、相手がそれを上回った判断してみせ、後の先を制したのだ。なんと言う非情な判断を下すのか。
 いや、戦闘用に開発された魔法生物らしい、正しい判断と言うべきか。
 戦術、戦略以前に、根本的な基本思想が違いすぎるというべきなのだろう。
 このような攻撃を受ければ、ヴィータの身の安全は保障できたものではなかった。
 だが、
「確かにこれは、えらい困ったちゃんやなぁ・・・」
 その基本思想云々を、第三宇宙速度ぐらいの勢いで地平の彼方に放り投げるかのように、ほんわかまったりした声が、爆煙の中心から響いてくれば、目を剥かずにはいられない。
「・・ん。大丈夫か? ヴィータ?
 ザフィーラもようがんばったなぁ・・・」
「・・はやて?」
(主!)
「ん。ただいまぁ」
 戦術、戦略兵器も何のその。
 それ一発で戦局の事態を一変させる広域攻撃魔法を有する、Sクラスオーバーの時空管理局嘱託魔導師。
 特別捜査部所属特別捜査官候補生。
 黒翼の剣十字。
 八神はやての姿がそこにあったのだ。

「! 援軍か!」
 それに気づいたゼラフィリスは、忌々しげに舌打ちしてみせた。
 あの特攻で、少なくともあのプログラム体は実体化できないほど、被害を与えられると踏んでいたからだ。
 それが全くの無傷とあっては、無駄骨も甚だしい。
「歯痒いねぇ!」
 ネイプドアンカーのコアをくわえ込んだ彼女(四十cm相当の蛇の状態)は、上空に浮かぶ魔導師二人を睨みすえつつ、再生の時間を稼ぐために、目立たない樹木の陰に身を潜めたのである。

「・・は、はやてぇ・・・」
 ヴィータは目の前にいる人物が、自分が守護すべき相手、主と仰ぐべき存在であると認識した途端、両の眼をウルウルと潤ませ始めたのである。
 いつだったか、我侭を通して聞かん坊になったヴィータを、半日、思念通話からシャットダウンして口を利かないようにしたことがあった。結局、ヴィータが根負けして謝りに来たのだが、その時も今と同じ様な顔をして、アメフトのタックルよろしく、ドカーンと抱きついてきたのである。
 今はそないなギャグ、かましてる時ちゃうからな。
 なんとなく、ドンと来んかい! と疼きだす関西人の血をなんとか押さえつつ、
「まだ終わってへんのやから、最後までお預けや」
 はやては軽く、めッと叱ってみせた。
 まだ戦闘が継続中ということも勿論、この事件の真相どころか、相手の目的すら明らかになっていないのだ。
 これらを解決し、彼らを自首、もしくは逮捕せねば、あのうるさ型のオヤジにどやされる事は必至。しかもまだ、相手を閉じ込めた檻、封鎖結界はそのまま継続維持されている。是が非でも捕らえなければ、事態が収拾するわけがない。
 それがわかったのか、
「・・うん・・・」
 はやての言うことを素直に理解してみせたヴィータは、借りてきた猫のように大人しく頷いたのである。
 しかし事の外、慌ててみせたのはザフィーラである。
 何故なら彼の目の前、いや、正確にはシグナムとヴィータの目の前に、『二人のはやて』が確かに存在していたからである。



PREV− −NEXT− −TOP