魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−




   ―4. 鳴動―

 少年に一人取り残される形となったはやては、四人の親友達に取り囲まれていた。
 一人は、はやてを一人残し、さっさと帰るとは何事か! と憤懣やるかたないといった様子。
 一人は、はやての代わりとばかりにむくれてみせる少女を、いつものようにまあまあと困り顔でなだめすかしつつ、はやてを気遣うような視線を時折向けてくる。
 もう一人も、同じように「用事が入ったんなら仕方ないよ」と、たしなめるような台詞を口にするが、気持ちはやっぱりはやての方へと向いている。
 いま一人は、はやての傍らに立ち、俯き気味な彼女の支えになるようにたたずんでいた。ともすればはやての代わりとばかりに、涙を浮かべてしまいそう。
 いずれにせよ、彼女たちの思いは、はやてに悲しい気持ちになってほしくないという友情の現れだった。
 しかしはやてにしてみれば、
「なんや、皆して泣きそうな顔せんでもえーやんかぁ」
 と、自分のことよりも皆の事のほうが気になって、感傷に浸ることも出来ないようだった。
 そもそも付合っていたわけでもないのだから、少年が躊躇なく帰ってしまったとしても、フラれたという結果に結びつくわけではないのだ。だから、皆が一様に泣きそうな顔で、自分のことを取り囲んでいる今現在の状況の方が、困惑させてあまりあるのだ。
 しかしアリサが返してきた言葉の内容に、彼女は愕然とするのである。
「・・何言ってんのよぅ! そう言うはやて、あんたが一番泣きそうな顔してんでしょう!」
 え? うそ? 私、泣きそうな顔してるん?
 突きつけられたその事実に、彼女自身が一番驚いた。
 そして、その時になって始めて視界が涙でぼやけていることに気付いたのである。
 なんでこんなに涙が・・・?
 あ、そうや・・そうなんや。
 振り返れば、思い当たる節がある。
 レイの去り際に見せたその態度。そして口にしてみせたその言葉。
 それらがあまりにも、二年前の冬のあの出来事、高台の公園で起こったあの光景を、想起させてやまないのだ。
 泣き虫だったあの子が、「ありがとう」といって天に消えていったあの光景を。
 あの子と少年は、似ても似つかない容姿をしている。けれども、去り際に見せた寂しそうな表情が、あの子がこの世から姿を消す最期の瞬間とダブって見えてしまったのである。
 だから、レイが立ち去った直後、追いかけるようにレジ前まで歩み寄ったはやては、今にも大粒の涙を浮かべそうな表情で、閉じられた扉を見つめていたのだ。そして、そんな扉を見つめ続ける彼女の周りに、友人四人が集まったのである。
「な、何言うとるん。私が泣きそうなんやなんて・・・っ」
「・・今、鼻すすり上げたクセに何言ってのよ。強がりはヤ・メ・ナ・サ・イ!
 カッコワルイぞ」
 ・・このオヤブンさんは、なんでこー感情の機微に敏感なんやろう・・・。
 そう思いつつ、キャスケット帽のひさしの奥で光る、彼女の紺碧の瞳を見つめ返せば、心配してんだぞコノヤロー的な眼光が湛えられているのが分かるのだ。
「はやてちゃん・・・」
 呟くような二つの声に顔を右に転じれば、うりゅっといきそうな藍色の瞳が四つ並んでいる。
「はやて」
 左に転じれば、ガンバッテと念を送りこもうと必死な茜色の瞳がある。
 そんな彼女たちを一様に見回したはやては、は〜っと大きくため息を吐き出してみせた。
「なんやみんな見てたら、一人で滅入ってるんがバカらしくなるねぇ」
 自分が落ち込むより先に周りが落ち込んでしまっては、気勢が殺がれるどころの騒ぎじゃない。本当にバカらしく思えてくる。
 そして、そうやっておどけて見せれば、
「バカ・・・」
 照れ隠しか、アリサはキャスケット帽を目深に被り直して小さく呟くのだ。
 そんなはやてとアリサを、残りの三人が「よかった。もう安心だ」と互いに見詰め合って微笑みかわせば、五人の間に、和やかなムードが漂うことになる。
 でもお陰で、感極まってしまうのも、また事実。
「あれあれ? フェイトちゃん。何で泣くん? ここは泣くとこちゃうよー」
「え・・あ、な、何でだろう。ホッとしたらなんか溢れてきちゃった・・・」
「もー、しょうがいないなーフェイトちゃんてば」
 心配する対象がはやてからフェイトへと移ったことで、その場は、自然お開きとなった。
 もちろん、目尻に溜まった涙を拭うフェイトを一番気にかけているのはなのはであり、その相変わらずの仲のよさに、アリサが焼きもちを焼くという、いつものお約束が展開される。
 そんな光景を、第三者的視点から眺め、
 私は幸せやよ。こんなに仲のいい友達がたくさんおるし、残ったみんなもおる。
 だから、心配せんといてな。リイン・・・。
 肩から提げるポシェットに手を添え、中にあるそれに語りかけるはやては、本当に幸せそうな微笑を湛えていたのである。

 一方、店の入り口を占拠している女の子五人組に対し、
「いいかな? お嬢さん方。
 他のお客さんに迷惑になるから、いい加減そこどいてくれるとオジサンうれしいんだけど」
 と、苦りきった顔の士郎さんによる軽い咳払いと、会計待ちのお姉さん二人組みによる困り顔を認めた彼女たちは、
「「「「「ごめんなさーいっ!」」」」」
 と異口同音の謝罪の言葉と共に頭を深々と下げると、脱兎のごとく店内から外へと飛び出していったのである。
 はやての始めてのデート大作戦は、こうして終りを迎えたのである。
「あ、はやて。反省会、戻ってきたらきっちり開かせてもらうからそのつもりで!
 逃げんじゃないわよっ?」
「・・堪忍してつかーさい、オヤブンサン!」

   ◇

 そこは、長引く戦いによる熱量の推移によって、いつの間にか上空を、厚い厚い雲が覆いつくすほどになっていた。
 いつしか日は沈み、月明かりさえ届かない闇夜が訪れた。
 そんな闇の中で唯一の明かりといえば、二つの力と力がぶつかり合った時に生まれる、魔力の反応発光現象だけとなっていた。
 いや、他にも光源があるにはあった。
 戦う二人にはそれと知るかどうかは難しかったが、確かにそれは合ったのである。
 封鎖結界による、魔力のそれだ。
 蛍のそれよりもはるかに低いその光量は、しかし強力な断絶の力を有していた。
 結界を張ったのはシグナムである。だが、戦闘行動を継続している彼女が長時間、それを維持し続けることは不可能に近い。誰かがバックアップとして、それを維持継続していたのである。
「ディーグ隊長! 交代であります!」
 結跏趺坐の体勢で結界維持に努めていた武装隊A班の班長であるディーグ・オレインは、南方より近づいてくるB班の存在気づくと、二人いる副班長の一人に結界の維持を指示し、一人、結跏趺坐を解いてB班を出迎えた。
 しかしその表情は、苦りきったものだ。
「マイヤー。お前はもう俺の部下じゃないんだぞ」
「いやいや、隊長は隊長ですよ。俺なんか、まだ隊長の足元にも及びません」
 阿呆が。とつぶやいたディーグは、目の前の若い武装隊B班班長であるミハエル・マイヤーを見つめ、軽く握った拳で、相手の胸元を小突いてみせた。
「お前はもう立派にB班を受け持つ隊長だろうがよ。俺とはもう轡を並べる同じ立場じゃねーか。いつまでも下っ端根性じゃ、部下はついてきやしねーぞ」
「そんときゃ、隊長にまた拾ってもらいますよ」
「ど阿呆が」
 本当にどうしようもない阿呆だな。とディーグは付け加えたが、その顔は孝行息子を見つめるほろ苦くも暖かいものだった。
 だがしかし、それもほんの一時。
「・・それで、中の様子はどうだ? 旗色はどうなってる?」
 鷲鼻の彫りの深い顔に、さらに深い皺を刻み込み、キッとマイヤーを睨み付ければ、武装隊A班班長の顔がそこにある。結界維持を継続するにあたり、班交代の申し送りをしなければならないからだ。仕事と私情はキッチリと分ける。それは彼のポリシーだ。
 それを理解しているのか、対する相手も直立不動の姿勢を作って報告に入った。
「ハッ。敵方の三度全損を確認しました。
 が、そのいずれも全回復をもって、戦闘継続中であります」
「・・無茶苦茶だな・・・」
「自分もそう思います。
 相手をしているシグナム女史も・・その、化け物じみたタフさだと思いますが・・・」
 若い班長の寸評をあえて聞かなかったことにして、ディーグは支給品のストレージデバイスに、ニルヴァーナにおける艦内時間を表示。そして背後の結界を振り返った。
「彼是、十四時間・・か。
 たしかにそんな長期戦をやらかすなんざ、並大抵の体力じゃねーな。しかし、全損した体を三度とも復元させるたぁ、いったいどういうカラクリだ?」
 いくら群体でその体を構成している魔法生物であろうとも、損失した分体を補うために、分裂再生を繰り返すために必要なエネルギーが無限にあるわけがない。どこかに供給源があるはずなのだ。それを一体どのようにして補っているというのか?
「それについては、艦上層部でも検討中とのことですが、おそらくシグナム女史の攻撃を受けた際、吸収した魔力をそのまま転換しているのではないかと・・・」
 それを聞いたディーグは、「あきれた奴だな」と、口をポカンと開けてみせた。が、すぐにあることに気付いたのか、厳しい顔つきになる。
「いや待て。ちょっと待て!
 おいおいおい。それじゃなにか?
 あの姉ちゃん、ジリ貧じゃねーのかっ?」
「・・・・・・・」
 マイヤーの苦りきった表情から、ディーグは己を出した問いの答えを見出した。
「おいおいおい! それじゃなにか。俺達ゃここで何も出来ないまま見守ってるしかないってのか? 冗談じゃねーぞ!」
 肩を怒らせ、右の拳を左の掌に打ち付ける。
 ディーグ・オレインは熱血漢である。三十路半ばを迎え、そろそろ後進育成に力を注いだらどうだ? という上からの支持を、
「現場を大事にしないで、後進育成も何もあったもんじゃありませんよ!」
 という現場至上主義の一言で蹴り倒すほどであるから、その熱血ぶりは容易に察することが出来るだろう。尤も、そうして現場で叩き上げてみせた後進が、彼の目の前にいたりするのだが。
 そしてそんな彼の性格をよく理解しているマイヤーは、ワタワタと両手を左右に振り回して止めに入るのだ。何せ、湯気を上げんばかりに顔を真っ赤に染め、憤怒の形相をしているのは、非常にまずい兆候だったからである。
 そう。ディーグ・オレインは、火が入ると手がつけられない『命令破り』『暴走機関車』『始末書作成機』その他諸々の異名を持つ『問題児』なのだ。
「た、隊長! 落ち着いてください!
 上層部だって、ただ黙って指くわえて見ているわけじゃないんですから!」
「やっかましい! 放せマイヤー! 今すぐ俺が乗り込んでって状況打開してくれるわ! 放さんかーッ!」
「それが出来れば、誰も苦労はしません!
 ちょっ、落ち着いてください隊長! 隊長ってば!
 たいちょ〜ッ!」

 殿中ッ! 殿中でござるぞっ! みたいな騒ぎが、第一象限の現場で発生しているとの報告を受け、こめかみのあたりを両の人差し指でグリグリと揉み解すニルヴァーナ艦長、シモーネ・アルペンハイムは、
「クリス。マイヤー君に伝えてもらえる?
 オレインさんに致死量ギッリギリの鎮静剤ブチ込んで、バインド五重掛けで連れ戻してくださいって」
 と、彼女にして珍しく、汚い言葉遣いで指示を飛ばせば、
「了解でーす」
 クリスティン・ホークが、苦笑いで受諾する光景があった。
 どうやらシモーネにとって、ディーグ・オレイン武装隊A班班長は、胃をキリキリと痛める問題児(という年齢ではないが)であるらしい。そして、そのような指示を飛ばすのもまた日常的に行われているのか、上がり性のクリスが、淀みのない、滑らかな口調でA班副班長に「いつも通りの手順でお願いします」と、困り顔で指示を出しているのが、何よりの証拠である。
 そんな束の間の賑々しさの中に、
「オレインさん、まーたハッスルしとるん?」
 と、やや間延びした声が混ざったのは、まさにそんな時だった。
「なんや、ややこしい自体になっとるみたいやね?」



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