魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



   ◇

 世界が爆発したような明かりと共に、大地を揺るがす轟音を轟かせて、ニルヴァーナが発射した電磁収束光砲は、ランスベルクの名もない大地に突き刺さった。
 非殺傷設定なんか設定していないそれは、犯罪組織との交戦に備え、ニルヴァーナに予め装備されていたものである。その主な目的は、犯罪組織が有する違法改造された輸送船の出鼻をくじき、戦意を無くさせることだ。
 通例では、一作戦従事中に付き一発しか撃てないよう制限が掛けられているが、今回はシモーネの独断で予備として装備されているパワーコンデンサーにまで、電力が供給されていた。これは、不測の事態に備えたものだが、シモーネははやて支援のためだけにこれを用意していたわけではない。時空間閉鎖されたこのランスベルクに、不法侵入してくる連中を迎え撃つためでもある。
 もちろん、彼女の独断専行であるから、どうしたって懲罰は避けられない。しかしシモーネは「それがどうしたって言うんです?」と涼しげな顔をして、気にも留めなかったのだ。
 そんなシモーネの気遣いに感謝しながら、はやては転移装置によってランスベルクの地に降り立った。そこは、ゼーレに示された邂逅地点から五kmほど離れている場所だった。ニルヴァーナからの艦砲射撃の影響を考えれば、十分離れた距離といえる。
 それでも着弾後の最初に襲いかかってきた衝撃波は、耳を覆わなければならないほど大きなものだったし、それに続いて押し寄せてきた爆風は、超大型台風の瞬間最大風速なんか目じゃないほどの勢いで吹き荒れる。そしてようやくそれらが落ち着きをみせたかと思うと、今度は天高く吹き飛ばされた小石や礫が、雨霰と降り注ぐのだ。
「・・けほ、けほっ。こないヒドイんか。地表面に撃ち込む艦砲射撃って」
 だから始めてそれを目の当たりにしたはやては、止めるシグナムの言葉をあえて無視した結果、手痛い洗礼を受けることとなったのだ。
「これくらい、まだぬるい方なんですよ」
 目に入った埃に、涙を浮かべて懊悩するはやてにシャマル。そして主を気遣い、指にはめたクラールヴィントが一度瞬かせると、はやてのまわりの空間をエアコンディショニングして、砂塵や小石、埃などを一掃する。ついでにはやての顔のお手入れも忘れない。
「確かに」
 スカートの隠しから取り出したハンカチで、はやてにちーんと鼻をかませるシャマルを他所に、シグナムは感慨深げに呟いてみせた。その傍らには人間形態のザフィーラがある。二人は共に立ち上る土煙を睨み据え、眉根には険しい皺がありありと浮かび上がっていた。
「いつだったか、こんな砲撃が雨霰って降ってくる戦場に、出たことがあるんだ・・・」
 グシュンとまだむずがる鼻を宥めつつ、そうなんか? と問い質したはやてに、ヴィータが応えてみせた。
「あれはヒドイ戦いでした。戦局は既に決していたというのに、我らが側は相手方の本拠地に、情け容赦なく撃ちかけたのです。
 中には白旗を掲げ、抵抗の意志無しを示した民間人もいたのですが・・・」
 シグナムが沈鬱な表情と共に語尾を濁らせる。その表情からして、その後どういった惨劇が繰り広げられたのかは、想像に難くなかった。
「最悪でした・・・」
 ポツリと追従したザフィーラのその言葉、そしてギリッと軋る歯のイヤな音が、より一層、その凄絶な過去の有り様を想起させるのだった。
 だから皆は沈痛な面持ちになり、場は沈んだ空気に包まれたのだ。
 しかし、である。
「ハイハイ、みんなその辺にしとこーな。お通夜やないんやでー」
 パンパンと手を叩き、ほんわかと優しい声を出したのははやてである。
「あんたらは今どこにいて、誰に仕えとるん?」
 両手を腰にあてがい、プンスコとホッペタを脹らませてみせれば、私拗ねちゃってるんですよのポーズだ。
「あれはシモーネ提督が撃ち込んでくれた、ただの支援の砲撃や。殲滅のためのモンやない。やから、あれで打ち止め。
 んで、あんたらの今のご主人様は、あんたらにそんな顔させてまで、蹂躙戦を望むような甲斐性無しか?」
 どーやねん!
 ムッツリ、プックリと頬を張るはやては、それは大層ご立腹の様子だった。しかし普段が可愛いはやてである。怒った顔もまた魅力的に映るのだ。
 だからヴォルケンリッターの面々は、誰とも無しに視線を絡み合わせると、
「すみません。我々が浅慮でした」
 代表してシグナムが頭を下げてみせた。だが彼女はさらに、しかしと続けたのだ。
「しかし、初めてのちゅーを我らに秘匿しようとした主はやても、別の意味で甲斐性無しではないかと・・・」
 してやったりという笑みを浮かべてみせれば、彼女達の主さまは、及び腰になって当然。
「せ、せやからぁ・・・」
 見ればヴォルケンリッターの全員が、同じような笑みを浮かべているのだ。一転、そんな立場に置かれたはやてに立つ瀬があろうはずもない。だから彼女の呟きは、半ベソ混じりで先細っていくのだ。
 三つ子の魂百までいう分けやないけど、何年経っても、これネタにしていじられるんやろなぁ。私・・・。
 くほーと、心の中で涙をぬぐったはやては、知らず騎士甲冑の帽子を両手で掴み持ち、その端をムグムグと歯がみした。
 もちろんそんな仕草すら愛らしいはやてである。
「でも、そんなカイショーナシなはやても大好きだい!」
 だからというわけでもないのだろうが、そう言って後ろからガバチョと抱きついてきたのは他でもない。鉄槌の騎士ヴィータである。
「ほらはやて。カイショーナシでもいいから、仕事しようぜ。仕事」
 お願いやから甲斐性無しを連呼せんでほしいなぁと思いつつ、はやては気持ちを切り替えることにした。鳩尾の辺りにシッカと廻されたヴィータの手の甲をペシペシ叩き、
「お、お〜し。ほにゃらばお仕事モードにはいろかぁ」
 ニカッと笑いかけるヴィータを一瞥して、はやては一呼吸入れると、キリリと表情を引き締めた。ヴォルケンリッターの面々も同様にするが、そこには高揚とした色が滲んでいる。血気に逸らんと言わんばかりだ。
「着弾点は、巻き起こった爆煙と気圧の関係から、直に中心に向かって風が吹き込むことになるやろね」
「ハイ。そうなれば当然、獣じみた嗅覚を持つ連中のことです。我々がどこから攻め込んでくるか、確実に把握してみせるでしょう」
「せやね。ほなら、どないする?」
 状況分析してみせたシグナムに、はやてが問いかける。
「気配を殺して襲撃する事が出来無い以上、あえて四方から攻め込み、相手の出方を伺うというのが最良に思われます。ですがここは連中が指定してきた地。細工は流々のはず。ですから、それらに律儀に対応する義理は、こちらにはありません。
 そこで・・・」
 シグナムはシャマルに向かって一つ頷くと、それを受けて、シャマルが着弾点を中心とした半径五km相当の模式図を浮かべてみせた。
「そこで、主はやてによる殲滅魔法で追撃を行います」
 模式図の中心に、模式図全体を覆うような巨大な魔力攻撃を荒らす光点が灯ると、次の瞬間、それが爆発する様子が映し出された。そして爆発の残滓が消失すると、模式図の中心には、巨大なクレーターが出来上がっていた。これでは、ゼーレの面々が如何な企てをしていたとしても、無駄に終わることになる。
「そして連中が飛び出してきたところを一網打尽に出来ればいいのですが、そう簡単にはいかないでしょう。
 代わって、ここで交渉を持ち込み、同じテーブルに着かせようと思います。
 もちろん『交渉』事態は荒っぽいものとなる事が予想できます。それこそ、高町とテスタロッサによる、過去の『交渉』時と同じかそれ以上のものになるかと・・・」
 その後、模式図の中心には、はやてらヴォルケンリッターを現すキャラクターが浮かび上がり、それに相対するように、ゼーレの三人を現すキャラクターが浮かび上がった。すると、全部で七つのキャラクターは、模式図の中心のあたりで空中を激しく動きながら、空戦を展開し始めた。そしてその様子は、PT事件時におけるなのはとフェイトのガチバトルに酷似していた。
 そんな過去の様子を、当時の資料として見たことのあるはやては、「荒っぽいなんてもんやないで。これ」と苦笑ってみせた。
「でも、そうやね・・・。
 レイ君達、頑なやったもんね。語りかけても、聞いてくれへんやろなぁ・・・。
 なのはちゃんみたく、お互いが持っとる枝片を掛けて・・って形で持ち込むしかないか・・・」
「ですね。シャマルが捕食されかかった一件からしてみても、想像に難くありません。
 激戦は必至かと」
 そう呟くシグナムの表情は、苦渋に染まっていた。
 そんな彼女を気遣う意味も含めて、「悔しいんはシグナム一人だけやないんやで」と言う表情で、はやては呼び水を向けてみせた。
「当然、考えてるんやろ? そうなった場合の対策」
 そんなはやての期待の眼差しに、小さく黙礼を一つして、
「はい。これまでと同じように、前衛と後衛に分けて、これにあたります。
 主はやてには、シャマルとザフィーラを伴って、エミュレートユニゾンしていただきます。ザフィーラにはファイアウォール(物理的接触および、プログラムによる浸食用)と防御面(物理攻撃に対する防御)を。併せてシャマルには、リインフォースと並列してグリモワールの運用と、主はやてのバックアップを」
「で、シグナムとヴィータは二人一組で前衛・・ってわけやな」
「その通りです」
 はやての呟きに応えるように、ザフィーラ、シャマルとユニゾンしたはやてが、模式図の一角に浮かび上がる。そしてその前面に、王将であるはやてを護る飛車角の様にしてシグナムとヴィータが身構えていた。対してゼーレの側は、ゼロを後背に配して、ゼムゼロスとゼラフィリスの姿が、同じようにして布陣している。
「あや? この女の人、今捕ってもうてニルヴァーナの中におらんかったか?」
「ゼムゼロスの方ですが、過去、全損せしめてなお、復活していました。その経験から申し上げれば、この女がこうしてここにいてもおかしくはないかと」
 はやてがこの世界から離れていた際、外界と隔絶された封鎖領域に捉えてなお、ゼムゼロスはシグナムと激闘を繰り返し、結果、三度全損したにも関わらず、四度彼女の前に現れてみせたのである。ならば、常に彼らはどこかにバックアップを用意しており、そこから全身を復元することが出来るのだろうと考えるのは、自然の成り行きだ。
 だからはやては合点がいったとばかり「なるほど」と頷いてみせた。
 そしてその考えは、当を得ていたのである。
 そんな高い見識を持った部下に恵まれたはやては、正しく果報者と言わねばなるまい。
 しかしそれでも、彼女達の見解は的を外していたのである。それほどに、ゼーレの面々が施した仕掛けは、堅牢強固だったのだ。なぜなら、はやて達が集うその場所から七kmほど離れた地点で、局地的な地震が起こったかと思うと、光の柱が大地を突き破り、天に向かって伸び出したからだ。
 大気の成分を電離させ、その際発生したイオン電荷が紫電となりスパークを散らす。
 その様は、正に地の底で眠っていた龍が、天を切り裂いて上り詰めていくように見えたモノだ。
 それは間違いなく、ロストロギアの封印が解放された事を示す、エネルギーの奔流だった。そしてそれが意味するところは、ニルヴァーナが牽制として撃ち放った砲撃が、全く意味を成さなかったことを指し示していたばかりか、ゼーレの暴走を促す結果になったともとれるのだ。
「ッ! 奴ら強攻策に打って出たか!」
 だからそれを見たシグナムは、忌々しげに舌打ちしてみせ、
「レイ君!」
 はやては、悲鳴のような声をあげるのだった。
 だがこの場において、それを見て怯む者は一人もいなかった。むしろその逆で、ある者は眉間の皺をいっそう深め、ある者は毅然とした態度で睨め付けていた。
 相手から、宣戦布告の狼煙を受け取ったのだ。それに臆する理由が、彼女達にあるわけがない。
「行こうぜ。リーダー」
 相棒のデバイス『グラーフアイゼン』をブンと一振りし、ヴィータが開口一番そう言ってみせた。
「連中の企みは是が非でも止めねーとな。時空破壊の影響がはやてん家にまで出るかもしれねーし。そんなん全力で阻止だ!」
 言ってることは無茶苦茶だが、ヴィータの言いたいことはよく分かる。
 だからシグナムは、しようがない奴めといわんばかりに口の端を歪めてみせると、
「ああ。
 主はやて、手順は狂いましたが、概ね先の打ち合わせ通りに。
 シャマル、ザフィーラ。頼むぞ」
「ええ」「心得た」
 しかしシグナムは、二人の返事を聞く暇も惜しむような勢いで、そしていつでも腰に佩いたデバイス『レヴァンティン』の鯉口を切れるよう、左手を軽く添えた姿勢で飛び出していった。
「んだよ。連中とのリターンマッチに燃えてるんなら、そう言えよリーダー」
「うるさい!」
 そしてそれに続くように、ヴィータが風を巻いて飛び去っていった。しかし二人が飛びゆく輝跡は、戦闘機動のように目まぐるしく交差してゆく。
 そんな二人を、しょーのない子達やなぁと、母親視線で見送ったはやては、残った二人に振り返った。
「おし。ほなら、私らも戦仕度しよか」
「「はい」」
 事態は想定していたそれとは違っているものの、この程度、想定の範囲内。十分に修正が可能だ。だからはやての表情に、焦りというモノは微塵も存在しなかった。
「いくでー。リンカーコア送還。
 守護騎士システム、コンバージョン!」
 跪くシャマルとザフィーラに向け、かざしたはやての右手の先で、二人の姿が霞となって消えていき、ついには蒼と緑の光球へと変化した。
 淡い光を放つ二つの光球を、はやては優しく抱きしめるように、胸の内へと取り込んでみせる。そしてはやては、待機状態にあったデバイス『リインフォース』を両手で掲げ持ち、宣言した。
「タスク『リインフォース』機能無効化、カーネル切り離し。
 代わって『シャマル』、『ザフィーラ』、リプレース」
 今のところ機能切り替えの手順は、指先確認のようにして行っている。何度か繰り返すうち、問題がないことが確認できたならば、自動化しても問題ないだろう。でもそれをしないうちに、エミュレーターは用を為さなくなるはずだ。
 早くその時が来るとええなぁ。
 はやてはそう胸の内で呟きながら、最後の手順であるそれを唱えてみせた。
「エミュレート・ユニゾン、ドライブ!」
《Amfung!》
 起動を意味する言葉を最後に、管制人格プログラムであるリインフォースは眠りについた。そしてそれに代わって、シャマルとザフィーラの人格がエミュレーターを介してリインフォース上で動作し始める。
 途端、はやての体に変化が起こり始めた。
 リンカーコアから紡ぎ出された魔力は、体内に構築された経路を通じ、隅々まで余すことなく駆けめぐっていく。と同時に体細胞も活性化。両脚に僅かに感じていた麻痺の後遺症は完全に消え去り、活力がみなぎってくる。だからだろう。はやては、ワーッと駆け出したい気分になってきた。
 そんな溢れ出した活力と共に、瞑目していた眼を見開くと、そこにあった夕闇に染まる黒藍の瞳の色は、夏の蒼穹を思わせるのような薄蒼の碧眼となった。そして髪の色も、栗色からミルクティーのそれへと変化する。
 はやての身体の変化に呼応して、待機状態にあったデバイスも変化した。眩い光に包まれると、次の瞬間には伸張して、剣十字の杖へとその姿を変えた。
 剣十字の杖を目の前にし、凛とした瞳で一瞥したはやては、最終的に自身の二つ名である『黒翼(スレイプニール)』を展開し、変身を完了した。

「・・ふぅ・・・」
 先のぶっつけで行ったエミュレート・ユニゾンと比べ、今回のは良好のようだった。その証拠に、彼女の容姿は、瞳と髪の色が変化する従来のそれだけに留まっている。多少、目の回るような感覚はあるが、ユニゾンする前から感じていたモノだ。恐らく鎮痛剤の所為だろう。ならば問題視する必要もないはずだ。
 うん。口うるさいシグナムかて、納得の出来やね。
 だから左手をグッパ、グッパしながら独りごちしたはやては、満足の笑みを浮かべてみせた。
「シャマル、ザフィーラ。調子はどない?」
――問題ありませんよ〜。
――・・こちらもです。
 デバイス上で、エミュレーターを介してドライブする二人の応えに、はやては再度、満足そうに頷いてみせた。
――リンカーコアの出力値、正常です。アドレナリンがちょっと多めに分泌されてますけど、これははやてちゃんの気分の問題でしょうから無視しますね。目が回ってるのは鎮痛剤の所為です。気になるようなら言ってください。調節します。
  私の方のグリモワールの領域運用効率ですけど、これまでの擬似人格よりも、四八%向上してます。これなら場繋ぎであっても、エミュレート・ユニゾンする意義がありますね。
「ほなら良かった。効率悪かったら、意味ないモンなぁ」
 ほにゃっと笑顔を浮かべたはやてに、そうですね。とシャマルが応える。
――対ゼーレ用アンチプログラム、リンカーコアに対するウィルスチェックも正常に動作中。
  二度と連中の好きなようにはさせません!
 先のハッキング騒ぎは、守護獣の矜持に激しく傷を付けたようだ。その意気込みたるや烈火の如く、傍らで動作するシャマルにまで影響(リソースを採られ、動作が不安定になった?)を与えたらしい。ちょっとザフィーラッと苦言を呈されると、慌てた様子でスマンと謝罪してみせる。
 その一方で、ザフィーラは、
――黄華五葉に対するカスタマイズは、適宜必要になるかと思われますが、こちらも問題ありません。
 と追加の報告をしてくる。
 はやての指導教官であるアンベールの言葉通りであるなら、黄華五葉のシステムは、現行のミッド、ベルカ双方の対極にある魔法体系と考えて良いらしい。
 即ちこの二つは相克の関係にあり、ミッド、ベルカで正と考える方程式は黄華五葉の負の法程式となり、黄華五葉の正の極大は、ミッド、ベルカの負の極大といった具合だ。
 そんな相反する魔法体系を、アンベールは苦もなく双方一度に運用しているのだから流石の一言に尽きる。だが「ねだるな。盗め」が教育方針の彼は、黄華五葉の魔法体系を譲渡しこそすれ、具体的な運用方法はこれっぽっちも開示しなかったのである。
「それってどうよ?」
 ヴィータなどはケチケチすんなと悪態をついたものだが、はやてにしてみれば、
「おっちゃんからの挑戦状や。受けて立とうやないか」
 と前向きに、そして俄然やる気をみせるのだった。
 そんなわけで、現地で調整を行いつつモノにしていこうとか、そんな方針で取り組むつもりでいたはやてとしては、シグナムの次に実直な性格のザフィーラの、問題ないという報告に、「よろしく頼むで」と全幅の信頼をよせるのだった。
 そしてそんな彼が、続けて言うのだ。、
――ところで主よ。物理的な防御面での、更なる強化を施したいのですが、よろしいか?
 シグナムの説明にもあった通り、彼は物理的な彼女の防御面を一手に担っている。そんなザフィーラが慇懃に言上するような物言いで提案してきたのだ。無碍にするわけにはいかないだろう。
 しかし、である。
 では。と前おいて施された強化策は、なるほど確かに物理的な防御を念頭に置いたモノだった。その証拠に、神経や血流に沿って流れる魔力の伝達系統は、三割り増しの流量に耐えうる仕様に変更されたからだ。
 だが欠点があった。
 魔力の流量が増えれば、当然それに合わせて伝達系も太くしなければならない。そしてそれは、神経や血流と密接な関係にあり、必然これも太くすることになる。しかし血流を無理に上げれば、心臓や筋組織に負担が掛かり、はやての体が壊れる結果になる。となれば、それに見合った筋組織に変更することになるのだ。
 つまり、分かり易く簡単明瞭に説明するならば、はやての体は、二の腕や腿を二回りも太くし、胸板は厚く、腹筋は六つに割れるほど筋骨隆々の偉丈婦へと変貌を遂げてしまったのである。
 可憐な百合の花のようだったはやての姿は、最早見る影もない。あるのは世界最大の妖華、ラフレシアの如く異様異彩を放つそれだ。
「な・・なななななな・・・」
 そのあまりの出来事に、はやてはただ口をパクパク動かすばかり。それに付いて出てくるのは、意味をなさない音だけだった。
――如何です? どこか違和感のある箇所はありませんか?
 しかしザフィーラは、主の戸惑いなど気にした風でもなく、良い仕事しましたとばかりに聞いてくるのだ。はやての中で、何かがプチッといっちゃったのも至極当然。
「却下や―――――――――ッ!」
 ズパーンッと、リインフォース内でドライブ中のザフィーラをほぼゼロタイムで目の前に実体化させたはやては、大阪名物巨大ハリセンを振りかぶって、音速を突破しそうな勢いで振り下ろして、強烈な一撃をお見舞いしてみせた。
「バカアホオタンチン! ザフィーラの・・ボケ―――――ッ!」
 次いで彼の胸ぐらを掴みんで引き寄せたはやては、手先が八つに分身して見えそうな勢いで、往復ビンタを雨霰と降らせる。ザフィーラの頬は、たちまちの内に真っ赤に腫れ上がり、人相が確認できないほどになる。
「こんなんダメに決まっとるやんか!
 もどしてー! 速く、元に、戻して―――――――ッ!」
 そして最終的には、筋力増加された肢体を使いこなしたボディブローを、躊躇なくの鳩尾へぶち込むや、グワッと振りかぶった最後の一発が、ザフィーラの顎にクリーンヒットした。
「私のイメージが――――――――ッ!」
 頭を抱えて懊悩するはやてを他所に、今のは良いパンチでした。とか宣いながら幽体離脱するザフィーラ的な何かをしかし、彼女は逃しはしなかった。
 グワシとアイアンクロー張りに捕まえるや、
「乙女の火急の危機なんや! どっか遊びいっとらんと、早よなんとかせんかーい!」
 メジャーリーガーのレーザービームのように全身を使って放り投げると、無理矢理それを体の中に押し込めると、早ぅ早ぅとせっつくのだった。

「もうザフィーラの言うことなんか聞かん! ずぇ〜ったい聞かぁんッ!」
 ようやく元の姿に戻ることができたはやては、フグのようにプップクプーとホッペタを脹らませるなり、絶対に口聞かないんだからと言わんばかりの怒り肩で、ザフィーラを視界の外に押しやった。
 流石に主人であるはやてにそんな態度をとられてしまっては、ザフィーラに採れる態度は限られてくる。だから彼は獣形態をとると、脚の間に尻尾を収めて、はやての一挙手一投足にビクビク怯えて縮こまるのだった。
 そんな二人を見るに付け、シャマルは何とか仲裁しようとしたものだ。しかしはやてのお冠は、そう易々と収まりそうもなかった。
「・・はやてちゃん。ザフィーラもよかれと思ってやったんですから・・・」
「そんなん知らーん! どこの世界にあんなんマッチョにされて、喜ぶ小学生の女の子がおるいうんや! おるんやったらソッコー私ン前に連れてこんかいッ!」
「・・そ、それはぁ・・・」
 珍しく、マジ怒りで、言葉を荒げるはやてにシャマルはタジタジとたじろいだ。
 だから「そんな子がいたら、私だって見てみたいですよ〜」と続きそうになるのを飲み込むと、シャマルはザフィーラに念話を飛ばして泣きつくのだ。
――ほらザフィーラも! そんなにしょげてないではやてちゃんに謝りなさいよ!
――・・いや、我の不徳の限りだ。主には謝罪してもしきれん・・・。
――そんなドラマのお侍さんみたいな事言わないの。自刃するとか言いださないでよ!
 やめてよ〜と、シャマルは本当に泣き顔になってザフィーラに縋り付いた。
 はやての機嫌は一過性で、恐らく、だが確実に時間が解決してくれるかもしれない。しかしザフィーラのそれは、あまりに毛色が違いすぎる。ともすれば、今にも「介錯を頼む」とか言い出しかねない不穏な空気を、今の彼は身に纏っており、だからシャマルは、本気で御免被りたいと思い、どんな逃げ口上をしようかと思案し始めたそんな矢先である。
「まぁ、こーしとってもしゃーないか」
 そんなことを、溜息一つ付いたはやてが、柔和な口調で二人に振り向いてみせたのだ。
 もちろん、先のザフィーラの案を受け入れたわけではない。今でも『アレ』は全力で否定の考えだ。しかしここでこうして、徒に時間を浪費するわけにはいかない事情というものがある。いやそれ以上に、ユニゾンには精神面での影響が出やすいのだ。ザフィーラとの間にわだかまりが残ったままでは、それがどういった悪影響を及ぼすのかなんて、明々白々。火を見るまでもなく明らかだ。
 一途と言えば聞こえはええけど、ゴッツイ筋の通ったガンコもんやからなぁ・・・。
 ザフィーラの性格を十全に理解しているはやてとしては、海よりも大きくな心と深い慈母の心でもって譲歩し、溜飲を下げるよりないと考えたからだ。
 元より、ボタンの掛け違いで始まったような諍いなのだから、はやての方から率先して身を引けば、角が立つ道理すら成立しなくなる。それに、適度に下げて適度に上げることは、部下の人心を掌握できる有効な手段の一つでもある。やっておいて損はない。
 はたして、そこまではやてが計算高かったかは置いておくとして、しかしその効果は覿面だった。
 額を地面に擦りつけんばかりに低頭したザフィーラは、
「ゆ、宥恕していただけるというのですか? 主よ。
 さがなくも不所存な、この・・・」
 まるで、皇帝に対して言上するような仰々しいその態度に、逆にはやては戸惑ってしまう。いくら主従の関係であるとはいえ、そこまで大仰にされては背中がむずむずして、居心地が悪い事この上ない。
「や、やめてや、ザフィーラ。そんなん気にすることないよ。
 今回の一件は、どんなんするか、前もって確認しなかった私が悪いんやから。な?」
「畏れ多いことに存じます」
――然らば次善の策ではありますが・・・。
 次の瞬間、ザフィーラは実体化を解いてユニゾン状態になると、はやての脳裏にだけ聞こえる声で囁いてきた。
――主の騎士甲冑に強化外装を施すという方向では・・・?
 自分が想起したイメージでなく、他人が送ってきたそれを脳裏に思い浮かべるという特異な現象に戸惑うところはあったモノの、そのイメージを検めたはやては、
「・・ほほぅ。これならえーやん。
 っていうか、先にこっちを出してほしかったなぁ」
 と、ちょっと意地悪い事を言ってみる。
 ザフィーラが送ってきたイメージは、腰にシグナムと同じような前垂れを施し、提灯肩の更に外側に強化外骨格とでも言うべき副腕を配していた。そしてその副腕は、併せて巨大化した剣十字の杖を握りしめている。
 見ようによってはガン○ムっぽくもあり、なかなかに勇ましいデザインである。ラフレシアなあの姿と比較すれば、正に雲泥の差、月とすっぽんだった。
 そんなはやてのトゲトゲな苦言に、
――返す言葉もありません。
――はやてちゃん。もうそのくらいに・・・
 ザフィーラはやたらと卑屈な物言いで、陳謝してみせた。そしてシャマルが取りなしの言葉を口にすると、
「あはは。ごめんなぁ。
 でもこれで、ちゅーの一件は無しにしてくれるとうれしいんやけど」
――御意のままに。
 なかなかに抜け目のない主さまである。
――はやてちゃんったら、もぉ・・・。
 シャマルも流石に、開いた口が塞がらないといって体で、苦笑っているようだ。
「ん。せやけど・・ちょおイジらせてな。こーしてほしいんよ」
 頭の中で修正ペンを思い浮かべたはやては、ザフィーラが作ったイメージ画像の上から、新たに別のイメージを付け加えていった。
 帽子の両脇に付いていたリボンを後ろで花結びにしたモノに置き換え、元の位置に羽飾りを配した。
 つま先を足甲で覆ったショートブーツに置き換え、腿まで覆うオーバーニーソックスとアンクルを付け加える。
 そして体のそこここに入れ墨状の紋を入れて、修正が終わった。
 その出で立ちは、まるで・・・。
――これは・・アインスの・・・。
 そう。入れ墨状のそれとショートブーツは、確かに腰まで届く長い銀髪の持ち主だった彼女のそれに、酷似していたのだ。ザフィーラが言葉を詰まらせるのも当然だ。
「うん。リインがちゃんと出来上がったらな、ユニゾン形態はちょおあの子のイメージ、混ぜたろう思っとったんよ。こういう形で実現するとは思うてなかったけどな。
 どーやろ? どこかおかしゅうないか?」
――少しも。あれも、きっと喜ぶと思います。
――ええ。ザフィーラの言うとおり。
 二人の言葉を聞いて、はやてはえへへとはにかんでみせた。もちろん二人が異を唱えるとは夢にも思っていなかったけれども、二人が快く了承してくれた事がどうしようもなくこそばゆくて、嬉しかったからだ。
「おっし、ほにゃらば強化外装の構築、よろしゅう頼むでザフィーラ」
――御意。
「シャマル、ザフィーラと連携して強化外装のセッティング任せる。あんじょうよろしゅうな」
――りょうかいです!
 二人の返事に一つ微笑むと、はやては黒煙が未だ晴れない艦砲射撃の着弾点をキッと睨みすえた。
「ほな行くで、二人とも! 早よせんと、シグナムとヴィータが孤立してまう」
 そして次の瞬間、はやての騎士甲冑は強化外装が施されたモノへと変容した。かと思うと、はやては背の黒翼『スレイプニール』を羽ばたかせるなり、あっという間に飛翔していったのである。



PREV− −NEXT− −TOP