魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−


 ― 1. 蠢動 ―

 Alert!! Alert!! Alert!!
 警報が時空管理局所属艦、艦船ニルヴァーナ内で響き渡る。
 Alert!! Alert!! Alert!!
「ぜ、全艦に通達。時空間ランスベルク方面にて、次元震動が確認されました。えっと、震度はよ、四です。
 恐らく報告のあった、ロストロギア『セフィロトの枝片』を相互干渉させたものと、思われます!」
 ニルヴァーナの第一艦橋、そのオペレーターの一人、そばかすと大きなふちなしメガネが特徴的なクリスティン・ホークの悲鳴のような声が響き渡る。
「落ち着きなさいクリス! クリスティン・ホーク!
 たかだかロストロギアの一つが力を解放しただけです! この程度で次元断層は発生しないから、落ち着いて現状の報告をなさい!」
「り、了解!」
「あれ完璧にテンパってるよなー。本当に大丈夫かねこの艦は」
「ヴィータ!」
 第一艦橋の端、ゲストブースにはやて以下、ヴォルケンリッターの四人が詰めていた。そしてはやてとシャマル、そしてシグナムの三人が、ほぼ同時にヴィータの頭を叱責と供にグーで殴る鈍い音が響き渡ると、失笑がそこかしこで聞こえてくるのだった。

 艦船ニルヴァーナは、アースラの同系艦として建造され、半年前に就航したばかりの新造艦である。慣熟航行も完了し、正に順風満帆の状態にあった。
 艦を預かり、指揮を取るのは提督位を持つシモーネ・アルペンハイム。
 ドイツ風の名を持つ彼女は、肩先まで伸ばした髪をまるで花篭のように後頭部で結い上げた漆黒の黒髪美人で、柳のように細い目元は、朗らかな笑みを常に湛え(単にホエホエしてるだけ。とはヴィータの談)、誰に対しても丁寧な言葉使いで話すという物腰の柔らかい人物である。
 同系艦アースラ艦長、リンディ・ハラオウンとは同期で入局。お互い似たような性格の持ち主であった事もあり、ものの三秒で打ち解けあったという逸話があるほど二人の仲は良好であった。そうして二人はレティ・ロウランも交えて、互いに互いを刺激しあい現在の地位まで上り詰めていったのである。
 が、一点だけシモーネとリンディには異なる箇所があった。
 それは良縁に恵まれないということである。
 のほほんとしていることからそうとは知れないが、以外に芯の通った人物でもあったため、異性とはそりが合わない場面も多々あったらしい。
 その一方で、「これは憶測ですが」とリンディが漏らしたところによると、過去に想い人がいたらしいのだが、どういった経緯でかその人物は消息不明となったらしい(おそらくは、それが彼女が時空管理局への入局を決めた要因であろう)。そして未だにその人物に操を立てている。とのことだった。
 それならば普段の雰囲気とは真逆である、身持ちの硬いという人物像が一人歩きするのも無理からぬ話である。が、実際のところは本人が語らないため、まったくもって謎なのであるが。
 だが彼女はその事を一切御くびにも出さず、現在の仕事を日々楽しく、そして忙しく過ごし、現在の地位にまで上り詰めていったのである。
 そんな彼女が指揮を取る艦だ。艦は新品なれど乗員たちの士気は高く、姉妹艦アースラの稼働率を余裕で超えてなお、余りあるパワーで現在の任務に従事している次第だ。
 だが、そうして士気が上がれば上がるほど、縮こまる人物もまた存在したのである。
 それが入局間も無いクリスティン・ホークであった。
 何しろ艦長は優秀。加えて常艦にしている八神はやて以下ヴォルケンリッターは、嘱託とは言え、既に何件もの事件を解決している凄腕、敏腕集団だ。そんな優秀な人物達が集う集団の中に、自分ほど取り柄も特徴も無い人間が紛れ込むという状況下で、萎縮するなというほうが無理な注文。とばかり益々縮こまる彼女であった。
 とはいえ、時空管理局というこの上ない職場に入局できたにも関わらず、仕事放棄などするわけにはいかない。
 彼女は艦長であるシモーネの言いつけ通り、落ち着くために深呼吸を三回。手のひらに『人』という字を書いて飲み込むを、念入りに十回以上繰り返した。
 そうしてようやく血の気の引いていた指先に感覚が戻ってきた。目の前にあるディスプレイに次々表示される情報は瞬く間に流れて消えていくが、決して追いきれないものではなくなってきている。
 ああ。自分は落ち着いてきてる。やれるやれる。大丈夫大丈夫。ウン平気。やれる。
 次第に自分自身をコントロールする事ができ始めた彼女は、ディスプレイ上に流れるニルヴァーナ艦内各部署、および各センサー類から続々と上がってくる報告、情報を、カテゴリー別、優先順位を頭の中で即座に割り振っていくと、艦橋正面に浮かぶ立体ディスプレイに、的確に分類表示、折り返し関係各所への支持出しを開始するのだった。
 クリスは極度の上がり性である。そのことを気にするあまり、陰鬱とした思考に陥り易いのが彼女の最たる欠点だった。
 実際には前述のように、逐次収集、集積される膨大な量の情報を、瞬時に、しかも多元的に処理、解析する能力をもつ優秀な人材なのである。それもあって、ニルヴァーナに所属する凄腕集団の一翼を担っているのだが、彼女の上がり性という欠点が、その能力の優位性を覆い隠してしまうのである。斯くして、彼女はこれまで自分に自信を持てずにいたのだ。
 だがしかし、そんな彼女の性格と、優れた能力所有者であることをブリッジにいる誰もが受け入れ認めている。よって、入局間もない彼女がアタフタしているのはむしろご愛嬌。アバタもエクボと受け止める風土が、ニルヴァーナ艦内の中で着実に出来上がりつつあるのだった。
 なんにせよ、彼女が今、幸せな職場にいる事に間違いはない。

 ニルヴァーナが現在駐留している時空間『ランスベルク』方面で、ロストロギアらしき物体による次元干渉波が確認されたのは、つい四日前のことである。
 その後の素早い現地での調査により、ロストロギアは『セフィロト』と呼ばれる魔道書(『書』ではあるが、実際には一枚の石版であるらしい)であることが確認された。
 無限書庫に記録されていた死蔵(?)資料によると、このロストロギア『セフィロト』は、生命の神秘に関する秘術(あるいはアルス・マグナ)が記された魔道書であるということがわかった。クローンや使い魔といった生命を生み出す術が確立している現在、あまり意味を成さない魔道書と受け取ることが出来るが、ロストロギアである以上、鵜呑みにしないほうが良い。とはシモーネの見解である。
 現在魔道書は、十個の破片に分かれた状態でランスベルク各所に点在しており、うち二個までが何者かによって既に回収されていることも判明した。この何者かの手によって、次元干渉波が生み出されていると見て、まず間違いないようである。
 事態の緊急性を鑑みた管理局は、ロストロギアを回収している何者かを重要参考人として拘束するため、艦船ニルヴァーナ、および八神はやてとヴォルケンリッターをの対策チームとして派遣することを決定した。それが二日前の出来事である。
 そして補給物資など、装備を整えたニルヴァーナが出航するのに一日がとられ、現地到着までに一日が経過。
 そうして現地にニルヴァーナが到着した今現在、ロストロギアは四つまで(重要参考人が三、管理局が一)が回収されるに至るという状況だ。
 ちなみに、点在するロストロギアを『セフィロトの樹』になぞらえて『セフィロトの枝片』と呼称する事を決定したのは、出航したニルヴァーナ艦内での出来事で、命名者はクリスでることを補足する。

「次元振動、収束に向かいつつあります!」
「・・これでロストロギアがまた一つ、向こうの手に堕ちたことになりますね」
「むぅ。こっちはまだ一つかぁ。ちょうくやしいなぁ」
 ゲストブース据付のテーブルに陣取ったはやて達は、シモーネ、クリスと供に検討会に入った。
 以前、なのは達が回収していたロストロギア『ジュエルシード』と違い、『セフィロト』はその全てが揃わなければ発動、利用することは出来ない。闇の書の『蒐集』能力によって封印解除を行うプログラム様式と同等であると言えるだろう。
 ということは、こちらが確保している一つを最後まで死守できれば、重要参考人たちの行動を著しく制限させることが出来るわけだ。
 だが、それではランスベルクの世界に多大な被害を出してしまうことになる。それにこの手段をとると、交通警備による巧みな取り締まりに似た手段の行使になるわけで、純然たる『正義』の名の元に行動している時空管理局局員にとって、精神衛生上、非常によろしくない。
 以上のことから、未回収のロストロギアを抑えて周りつつ、重要参考人と接触した場合は、武装解除と投降を呼びかける。という基本方針が決まった。
「つーかいつもの事じゃん」
 再度、ゴン。ゴン。ゴン。という良い音が三重で響き渡ると、
「んだよ! みんなしてぐーで殴ることないじゃんかぁ!」
 半べそかきかき、ゲストブースより飛び出してきたのは、勿論頭頂部に出来たたんこぶを押えたヴィータである。
 バカになったらどうすんだ! と至極もっともな文句を口にするのだが、プログラムとして存在する彼女が、果たしてどうやったらバカになるのか甚だ疑問ではある。
 それはさておき、
「参考人の情報って、どのくらい入手できてます?」
 魔導師姿のはやてはシモーネの傍らの席に座りなおすと、そう切り出した。魔導師としてある時は、はやての体は何の異常も示さない。闇の書の影響でおかしくなっていた神経節などは、同じように魔力によって修復、強化されているからだ。
 そんな彼女に「いつも賑やかでいいですねぇ」とシモーネは、柳の目をさらに細めて答えつつ、クリスに映像をまわすよう指示した。
 クリスが短い返事で返すと、シモーネとはやて、そしてその背後に集まったヴォルケンリッターの目の前に空間ディスプレイが浮かび上がった。
 そこには今回の事件の重要参考人である二人の姿が映し出されていた。
「男性と・・女性のふたり・・・?」
「は、はい。え、えーと・・あ、すいません艦長。ん。ン。
 げ、現在のところ確認されている重要参考人ですが、今映し出されているこの二人以外に確認はとれていません。けれども、さらにもう何人かが加わったグループとして行動しているのではないかと、思われます。
 えっ・・と、それとこの二人ですが、魔導師・・らしいですね。こっちが画像解析で洗い出した二人の詳細です・・・」
 クリスが手元のコンソールを操作すると、別のディスプレイが浮かび上がり、男女の特徴を細部にわたって分析されたデータなどが表示されていった。
 そこにはガッシリした体格の男と、ガリガリに線の細い女の姿が映し出されていた。
 それを見ていたはやては首をかしげた。
 何か違和感を感じたからだ。
 目の前に映し出されているのは間違いなく人間である。だが、まるで絵画の真作と、よく出来た模写とを並べて比較しているような、そんな違和感をそのシルエットは想起させるのだ。
 眉根を寄せ、食い入るように見つめるはやてに気づいたクリスは、「て、手の辺りを拡大しますね」と言って、表示を大きくしてみせた。
 すると違和感の正体がはっきりと分かるようになった。指が四本しかないのだ。それに気づくと、他のおかしな所もはっきりと区別できるようになってきた。
 男の方は、引き締まった筋肉を持っているのだが、脇の下の辺りに異様な盛り上がりがあった。まるでそこに関節があり、それを内側に折りたたんでいるかのような、不気味な盛り上がりである。
 一方、女の方はというと、これでもかというぐらいのなで肩のせいで分かりづらいが、ずいぶんと首が長く見てとれた。そしてグルッとまわった背後の映像では、尾てい骨の辺り突起物があるのがわかった。だがそれはどう見ても短い尻尾の様に見えるのだ。
 そして二人の共通の特徴として、手足の指が四本であること。耳の先がわずかに尖っていること。そして彫りの深い眼窩には白目と瞳孔が無く、まるでガラス球が収まっているかのように黒光りしているということだ。
 それを指摘したはやてにシモーネは、
「はやてさんには馴染みが薄いかもしれませんが、これは魔法生物なのです。
 それもかなり強力なリンカーコアを持っている・・ね・・・。
 ここまで人間に近い形状を持っているのは珍しいと言えますけど」
「魔法生物・・ですか・・・」
 はやての脳裏に、闇の書の防衛プログラムが暴走した際の姿がよみがえった。
 あれは余りある魔力を元に、無制限に拡大拡張を繰り返すように組み替えられたプログラムではあったが、魔法生物を想起させるには適切な存在と言えるだろう。
 さて魔法生物であるが、魔導師たちの実験によって生み出された特殊な生き物達の総称である。主に兵器として生み出されることが多いため、それなりに強力な魔力を秘めていることが多い。しかしその扱いは、実験用モルモットやマウスと同等である場合がほとんどである。したがってコスト面や生産性などが考慮され、知能は低いのが当たり前。そしてもっても一年程度と短命であった。
 姿形は多種にわたり、アメーバ状のものから鼠、鳥などの小動物。大型になると鯨や大王イカほどの巨大なモノが報告されている。
 今、ディスプレイに写し出されている魔法生物達のように、人間に近い形を採っている場合もあるが、極めて稀なケースといって良い。
 蛇足だが、使い魔も魔法生物に分類することが可能である。
 しかし使い魔は主人を守護するため、また苦楽を共にするパートナーとして生み出される場合がほとんどだ。よって知能は高く、あらゆる言語、文化、風習など多岐に渡る豊富な知識を持ち合わせる使い魔も多数確認されている。また極めて特異な例だが「コギト・エルゴ・スム(我思う。故に我あり)」などと哲学的倫理観を持ち合わせた才人のような使い魔も存在するのだ。
 故に低俗な魔法生物と同じカテゴリーに分類することを忌避する所有者、魔導師達が相当数いるのは無理からぬことだった。
 では彼らは、ディスプレイに映し出された彼らはなんなのだろうか?
 魔法生物であるとシモーネは告げた。また「魔導師らしい」ともクリスが付け加えている。それは一体どういうことなのか?
「魔法生物がインテリジェントデバイスを使用したという報告は、今まで受けた事は無いんですよ」
 はやての疑問にシモーネはそう答えた。
 インテリジェントデバイスはなのはや、フェイトが使うレイジング・ハートやバルディッシュなど、多種多様な魔法の行使をサポートする多目的ツールである。極めてデリケートな性質上、使いこなすにはそれなりの才能と実力が要求される代物でもある。
 そのような代物を、稚拙で知られる魔法生物が使いこなせるなど、到底考えられない。ということは、この魔法生物は『人造の魔導師を目指して生み出されたもの』ということになる。
 そこまで聞いたはやては、納得したように、
「なるほど。だから二人以上のグループである可能性が高い、言うわけですね」
「ええ。少なくとも彼らを裏で操る人物がいるはずです。彼らを造った優秀な魔導師が」
 シモーネがはやての言を引き継いだ。これでこの場にいるメンバー全員、同じ見解を持つことが出来た。あとはお互いが持った感想を調整していく段階に入る。
「詳しくないんですけど、そういう法律にも抵触している可能性はありませんか?
 それならそちらからアプローチすることもできると思うんですけど・・・」
 シャマルがおずおずと手を上げ、発言した。
 そのようにして生を受けた人物を知る者にとって、なんとなく口を付いて出てくるのは無理も無いことだろうか。
 だがシモーネはその可能性を、否定の方向で反論した。
「あるいは。
 ですが、この魔法生物を作った魔導師が生まれた時空世界では、合法なのかもしれません。
 一概にそうと決め付けられないので、今この場で断言することは出来ませんけれども。
 それに時空管理局とはいえ、すべての時空間で起こっていることを把握しているわけではありませんから、たったそれだけの条件で該当区域を絞り込むというのは、砂漠の中から砂粒ひとつを探し出すのと同じ労力が必要でしょう」
 シモーネの言葉に、シャマルは「確かに」と呟き小さくなった。どうもご近所づきあいで、いらないことを口に出してしまう習性までもが付いてしまったらしい。「調整(デフラグ)が必要かも」と自己嫌悪するシャマルだった。
「そんなに気にすることはないですよ。
 この場は、この事件に対する個人の見解をぶつけ合う場みたいなものですから。
 あなたの意見だって貴重なものなんですよ。シャマルさん」
 シモーネが朗らかな笑みを浮かべてシャマルをさりげなくフォローする。
 そんな彼女のやり取りを傍らで見ていたはやては、
 ここら辺の飴と鞭加減の絶妙さが提督位のなせる技なんやねぇ。
 と、感心する事しきり。
 日々の日常には、自身を育てていく教材があふれている。目の前の光景が正にそれだった。ゆくゆくは自身が手にするモノ、したいモノの姿を、はやては既に見据えているようだった。
 そんな彼女の心情を知ってか知らずか、瞳をウルウルさせているシャマルを尻目に、シグナムが一歩前に出た。
「なんにせよ、情報がまだ不足しているのは確かです。
 どうしてロストロギアを狙うのか、何をなしえようとしているのか。
 そしてこれは非常に突飛な意見なのですが・・背後にいるであろうグループは、時空管理局に仇なす存在なのかどうか・・・」
 前述したとおり、魔法生物は兵器として生み出される場合が多い。よって武器製造ブローカーや犯罪シンジケートのような組織が暗躍していることも考えられるのだ。ましてインテリジェントデバイスを扱うような人造の魔道師が、低コストで量産されるような事態になれば、遠からず時空管理局にとってよくない障害となって現れるだろう。
 できればこの見解はハズレであってほしい。その思いがシグナムの表情にありありと浮かんでいた。
「そういった事も含めて、一度この者たちと接触して問いただす必要があると思います。
 シモーネ提督。現場に赴く許可を」
「そうですね・・・。
 情報が少なすぎるというのは同意します」
 最後の意見については、シモーネは言及しなかった。当たらずとも遠からじといった考えを彼女も持っていたのだろう。が確かに今はそんなことを考えても仕方が無い。そして今は動くときなのだ。
 軽くため息をついたシモーネは、
「まあいいでしょう。
 ですが、なるべく戦闘は避けて、投降を呼びかけてください。
 クリス。先程の次元震発生の場所は特定できていますか?」
「は、はい、それは問題なく。
 ですが重要参考人が現場にいたかどうかは、残念ながら特定できていません。
 現場に赴いても、手掛かりとなるものが得られるかどうか・・・」
 話が大きくなるにつれ、目を白黒させるクリスだったが、目の前の仕事を片付けることが今自分に出来ることであると思い直し、それに専念することにしたようだ。
 そんな彼女に微笑みかけつつ、
「『現場百回は捜査の基本』やよ」
 捜査物の刑事ドラマか何かで聞いたような台詞を口にしたはやては、左手で右の力瘤を押さえたガッツポーズをとると、シグナムに頷いてみせた。
 とにかく今は行動あるのみである。
 多く動き、少しでも些細な情報を集める。調査、捜査というものは、どこの世界であっても同様なのだ。
 現場の総責任者と主からの諒解を得たシグナムは、では。と短く応えると、シャマルに同伴するよう、そしてヴィータとザフィーラには、過去、重要参考人がロストロギアを回収していったという現場の再調査を指示した。何かしら彼らが残していった遺留品、魔力反応、もしくは捉え切れていない未発見のロストロギアがあるかもしれない。
 そして彼女はさらに指示を出した。
「主はやては、こちらで待機を。
 矢面に立たれるのは、やはり危険ですから」
 さぁ行くでー。とウキウキしながらヴィータと共に出ようとしたはやてだったが、シグナムに釘を刺されると不満の声を上げてみせた。
「もー。そないに過保護にせんでもえーやーん」
 プーと口を尖らせるはやてに、
「別に大丈夫だよリーダー。アタシとザフィーラでがっちりガードするし」
 とヴィータも助け舟を出したのだが、あえてシグナムは彼女を無視し、はやてと同じ目線の高さに合わせると、無言で見つめてみせた。
 実際のところ、はやての杖は融合型への設計変更に伴い、抜本的に見直されている最中だ。そのためまだまだ不安定な状態にある。仮に戦闘に入ったとして、プログラムエラーなり、障害による強制停止などといった不測の事態が発生した場合、無防備な姿を敵前に晒すことになる。その後、どんな光景が繰り広げられるのかは、火を見るよりも明らかだ。
 シグナムはそれを恐れたのだ。
 見つめてくる視線には、それを危惧する色が如実に現れていた。
「・・しゃーないなぁ」
 それを理解してみせたはやては短く嘆息し、ポリポリと頬を掻きつつ同意してみせた。
 方やヴィータは、主であるはやてが納得してしまっては、不服そうにしながらも承服するしかなかった。その代わり、「ごめんな」と呟いたはやてに、ギューッと抱きしめられれば、機嫌を直すほかなかった。
 そんな家族のやりとりを傍で見ていたシモーネは、
「本当にシグナムさんは、はやてさんのお父さん役がハマってますねぇ」
 とコロコロと笑いかけてきた。
 その行為に他意はないのだろう。しかしタイミングがあまりにも絶妙であったため、普段は沈着冷静なシグナムをして、少なからぬ動揺を与えることに成功したらしい。
 耳まで赤く染め、「失礼します!」とブリッジの隅々まで響き渡るように声を荒げ、シグナムは踵を返してブリッジより辞して行った。
 その背にむかって、
「お土産忘れんといてや〜。お父さ〜〜ん」
 と、はやてが可笑しそうに追い討ちをかけると、再度、ブリッジのそこかしこから失笑が洩れるのだった。


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