魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−


「来いよデカブツ!」
 一方、毒蛇のような牙をさらして襲い掛かってくる蛇竜に、ヴィータは不敵な笑みを見せ、挑発の言葉を投げかけた。そして『グラーフアイゼン』を野球のバッターがするように構え、
「ドリュッケントシュラーク!」
 打撃付加魔法、テートリヒシュラークの上位である衝撃圧力(ImpactPressure)の魔法を発動させた。
 グラーフアイゼンはその姿を瞬く間に代えていく。片方が十文字に槌を四本配した形状に。その反対側は、加速用のロケットモーターへと姿を代えて、変形が完了した。
 だがこれだけでは蛇竜相手には心許ない。そう判断したグラーフアイゼンは、四本の槌の面に、魔法陣による追加装備を三重に形成させたのだ。これでギガント級には及ばずともそれに類いする破壊力を生み出すはずだ。
「ぶっ飛べーッ!」
 その叫びとともに、ヴィータがグラーフアイゼンを振りぬいた。小柄な彼女のフルスィングを補うべく、ロケットノズルが火を噴き、加速を開始する。そして赤く光る魔法陣とロケットの炎の輝跡が弧を描き、向かいくる蛇竜へと襲い掛かった。
 そして、まるで自動車同士が正面衝突したような音を響かせ、二つの力は真っ向からぶつかり合った。
 しかして結果は相打ちとなった。
 が、体格の違いが如実に現れた。
 蛇竜はわずかにその身をのけぞらせて留まったのに対し、ヴィータは吸収し切れなかった衝撃の分、弾き飛ばされていたのだ。
 爆裂した魔力の残滓を身にまといながら、弾き飛ばされる格好になったヴィータの体は、完全に泳ぎきった無防備な状態になっており、次の行動に移るまでに数瞬の時を要とする状態になっていた。
 ヤバとヴィータが毒づいた時には、既に手遅れ。仰け反らせていた頭をこちらに向けた相手の額、そこに納まるデバイスの表面に文字が踊っている。
《Neidle Spear》
 蛇竜が鎌首の下の部分を震わせたかと思うと、数十の青い光の線が走って飛び出した。
 それは複雑怪奇の輝跡を描いて、ヴィータ目掛けて殺到し、そして全弾が、少しの時間差も無く着弾。轟音と爆煙を巻き上げた。

 その音を聞きつけたザフィーラは、思わず首をめぐらせた。が、ヴィータが回避行動をとった様子は見て取れない。まさかという不安がよぎるが、彼は頭を振ってそれを追い出した。
 鉄槌の騎士たる者が、あの程度の砲撃でやられるなどありえん。
 だから彼は、自分に課せられた目的を果たすため、地を蹴り、風となった。

 もうもうと立ち込める爆煙が晴れると、果たしてそこには赤い魔法陣の盾、パンツァーシルトで身を守ったヴィータの姿があった。着弾する寸前、グラーフアイゼンがそれを自動展開し、蛇の牙を防いでいたのだ。
「ゲホッ! サンキューなグラーフアイゼン」
《Gern geschehen.》
 軽く咳き込むヴィータに、ノーマル状態に復帰したグラーフアイゼンがどういたしましてと答えるが、しかしとさらに言葉が続いた。
《So hat es nicht noch beendet!(しかしまだ終わっていません!)》
 その内容を確認するように、蛇竜に目をやったヴィータは、
「言うんならもっと早く言え!」
 そう叫ぶや、逃げるが勝ちとばかりに踵を返した。何故なら、蛇竜が尻尾をこちらに向け、大出力の砲撃魔法を打ち放つ寸前だったからである。その戦慄たるや、なのはの長距離砲撃魔法『ディバインシューターex』で狙われた時以来だ。
 蛇竜は群体として出来上がった一つの形態である。だが実際には個々の個体でもあるのだ。ニードルスピアを唱えたグループとは別に、発動までに時間のかかる魔法を唱える別のグループがあったとしてもなんら不思議はない。その結果が、今ヴィータに向かって解き放たれようとしていたのである。
 最早、後ろを振り返っている暇はない。ヴィータはフェアーテを唱え、緊急回避に入った。青白い光を放つ魔力砲撃が、ヴィータがいた場所を通り抜けたのはその直後。
 さらなる追撃を想定したヴィータは、フェアーテの効果を短く発動させ、UFOのような輝跡を描いて十分な砲撃回避距離を取ると、すぐさま反撃に転じたのである。
 腰につるしてあるポーチから魔力カートリッジを取り出すと、それを認めたアイゼンが、槌の基部がせり上げ、空となったカートリッジを排莢した。そして空となったチャンバーにヴィータは取り出したカートリッジを収めたのである。
「いくぞグラーフアイゼン! まだまだこれからだ!」
《Jawohl! Raketen form!》
 バシッと魔力カートリッジがチャンバー内で炸裂した音が響く。それと同時、槌の頭の片方がロケットノズルに、もう片方が拡大拡張していった。
「雷花、繚乱!」
《Meteor Bomber!》
 グラーフアイゼンを振りかぶったヴィータは、ロケットの加速と共に振り下ろした。そして振り下ろされたグラーフアイゼンは、絶妙のタイミングで巨大化した槌を切り離し、蛇竜めがけて打ち出したのである。
 それは見た目、投擲爆弾のようだったが、その途中でいくつもの弾頭にわかれると、文字通り流星のような爆撃となって、蛇竜へと降り注いだ。そしてその直後、雷鳴にも似た爆発音が鳴り響き、赤と黒の大輪の花が、瞬く間に開いては消え、開いては消えしたのである。
 そんな着弾の大音響に混じって、蛇竜の甲高い声が響いて渡る。もし仮に、蛇竜の周りに、物理法則を無視したデザインの飛行機が飛んで回れば、絵面的には、昭和の怪獣映画そのものだったろう。
 それはともかく。
 絨毯爆撃による攻撃は精彩を欠き、蛇竜に決定的なダメージを入れることが出来ずに終わった。
 確認すれば、確かに体の一部が欠け、ダメージの入っている箇所もあるにはあったが、それも全体の一割にも満たない。さらには、そのダメージの入った箇所がすごい勢いで修復していくのである。
 それを見て思わず舌打ちするヴィータの耳に、ザフィーラの低い声が届いたのは正にその時だった。
「縛るは時の狭間、悠久の静寂。闇の牢獄、今ここへ!」
 蛇竜の周り、正立方体を構成する八箇所の位置に、小さな格子状の立方体が現れた。そして次の瞬間、高圧電源がショートしたような激しい音がしたかと思うと、無色透明の格子が、蛇竜を捕らえて納めたのである。
 拘束結界型としては、極めて巨大な部類に入るこの結界術は、二年前に行われた対闇の書の闇戦で、執務官クロノ・ハラオウンが使用したストレージデバイス『デュランダル』の氷結魔法を参考に、ザフィーラが編み出した拘束結界魔法である。
 この結界は、中から外に対して情報の伝達はするがその逆は許さない。結果として、外から見る者には内部は素通しの状態となるのだが、内部からは外の情報は全て遮断される。つまり内部は、無明の闇に捕らえられることになるのだ。加えて内部の時間進行も極端に遅くなるという効果が付加される。拘束結界としてはいささか強力すぎるきらいがあったが、この蛇竜相手にはうってつけの魔法と言って良いだろう。
 そしてヴィータの言葉通り、押して(攻撃して)だめならば、引いて(誘き出し)捕まえるという言葉の通りの成果を挙げたのである。
 文句なしの成果といえたのだが、
「おせーよザフィーラ! やるんならやるでもっと早く仕掛けろよ!」
「・・礼の一つもないのか」
「フンだ!」
 ・・若干の不満が残ったようである。
 ともかく、アカンベを返すヴィータに嘆息付くザフィーラとのやり取りの間に、拘束結界はその姿を変化させ始めた。
 如何に無明の闇の中に捕らえ、時間すらも断絶する拘束結界であっても、解呪されては全く持って意味がない。だからこの結界にはそれを回避するために、自動的に解呪コードを変更するプログラムも併せ持っていたのだ。
 それを証明するように、氷が圧力で割れるような音をさせながら、結界が四×四×四大のブロックごとにギリギリと回転し始めたのだ。その様はまるで巨大なパズルそのものである。
 その強力さを一度身をもって体験したことのあるヴィータは、ギリギリとやかましいその音に辟易しつつも、両手の人差し指で耳を塞ぎこんで、
「ロストロギアを回収して、はやてンところに戻ろうぜ」
 と任務の続行を促した。
 問答無用で襲い掛かられ、なおかつ分離合体するなどという厄介な難敵を退けることに成功した所為か、その表情には険が消えて見える。だがそれは、すぐに百八十度反転し、怒髪天を突くものへとすごい勢いで変化していったのである。
 ロストロギアを目の前にし、横合いからの強襲されたのである。その間に強奪されて当然と言えよう。むしろそのままそこに転がっていると考える方がどうかしている。
「なんだよそれ! それじゃなに! ロストロギアはあの蛇と一緒に結界の中ってわけ? 信じらんねー!」
 頭の両脇を両手で抱え込み、「おーまいがっ!」とばかりに天を仰ぐヴィータ。この場合の神様ははやてなのかどうかは分らない。
 その脇で、さてどうしたものかと口を硬く引き結んでいるのは、勿論ザフィーラだ。
 そんな漫才をしている二人の耳に、異常な音が響いて渡ったのは正にその時だった。
 音の発生源は、拘束結界からだった。
 結界は、今も正常に解呪コードを変更しているため、バキバキと音を立てて回転を続けている。しかし、それとは別にギシギシという音が混ざって聞こえてくるのだ。
 馬鹿なと目を見張るザフィーラの目の前で、その異音は益々大きくなっていった。そしてついには、内部からの圧力に押されるように、結界の真ん中が隆起したのである。その様は、さながら七輪の上で焼かれる餅のようだった。
 そんな状況を目の当たりにして、異音が何を意味するのか考えるまでもない。
「馬鹿な! 内部からの圧力で結界を破壊するなど・・・!」
 ありえない! ザフィーラは自分の目が信じられない思いだった。
 結界破壊は、その呪文(プログラム)形式に割り込みを掛けるか、機能停止を促すアンチプログラムを流し込むかの二通りの方法が一般的である。だが今目の前で展開されている光景はそのどちらでもなく、文字通りの力技であった。そんな強引な手段で結界を破壊するなど、魔法の三原則(変化、移動、幻惑)を根底から覆すに等しい行為である。
 さらには、ほぼ時間進行が停止している結界内で、そのような呪文を詠唱する暇さえ無い筈なのだ。
 どう考えても、目前で展開されている光景は『ありえない』としか、言い表せない。
 しかしそれを可能にするものが、あの空間内には存在していたのである。
「! ロストロギアか!」
 蛇竜は、自身が持っていたセフィロトの枝片と、つい先ほど入手したばかりのもう一つとを干渉させ、そこから産み出された、時空震を生み出すほどのエネルギーを、結界破壊に利用していたのである。
 なるほど。確かにそれであれば呪文を詠唱する暇など必要は無い。
 だがそれは、自殺行為と言ってもいい行いだった。結界を維持しようとする力と、押し広げようとする力の鬩ぎあいという、とんでもない圧力の只中に身を置くことになるのだから。
 だがそうこうしている暇もあればこそ、一際大きな異音が響けば、目の前の現実を、結界の崩壊という事実を受け入れざるを得なくなる。
「いかん! 結界が崩壊する!
 安全距離を確保するぞ! 至近ではどんな被害が出るか見当も付かん!」
 ザフィーラがそう言い放ち、二人が踵を返そうとした直後、結界が崩壊した。


「ヴィータ! ザフィーラ!」
 シグナム、シャマルの奮闘を映すモニターとあわせて、ヴィータとザフィーラの戦闘を見ていたはやては、突然モニターがブラックアウトしたのを受け、悲鳴を上げた。
「結界崩壊時の影響で、モニタ用回線が遮断されたようです。復旧までおよそ三分」
 珍しくスイッチが入ったままのクリスの声が、無情にもブリッジに響き渡る。
 一方のはやてはといえば、気が気でない様子。
 彼女達ヴォルケンリッターには全幅の信頼を置いている。だが、今回の相手はあまりにも常軌を逸脱しすぎている。その信頼が揺らいだとしても無理からぬことだったのだ。
 そんな彼女の心境を慮ってか、弱々しい口調の思念通話が飛び込んできた。
 ――だ、大丈夫だよ〜はやてぇぇぇ。ちょ〜っとばかし目が回ってるけどヘイキへいきぃ・・・。
 ブラックアウトしたモニターは依然そのままだったが、ヴィータから無事を知らせる思念通話に、思わずはやてはその場にへたり込みそうになった。それを留めたのは、もう一人の守護騎士の思念通話が開かれなかったからだ。
 ――ザフィーラ! ザフィーラッ! 無事なら返事して! ザフィーラッ!
 必死に呼びかけるはやてに、
 ――あ〜、んとかザフィーラも生きてるみたいだよ。尻尾残して体が埋もれてるけど。
 ――なんかもがいてるみたいだから、大丈夫じゃねーの?
 そんなヴィータの思念通話が入ると、はやてはすぐさま管理者権限を用いてヴィータの視界を共有化。ザフィーラの様子を確認した。
 すると、確かにヴィータの言葉通り、結界の崩壊による爆圧で撒き散らされた砂礫に埋もれているザフィーラの尻尾が、懸命に右左に動いているのが映ったのである。どうやら埋もれた体をなかなか外に出せずにもがいているらしい。
 それを確認したはやては、ようやく胸をなでおろし、一安心することが出来た。
 そしてまだ砂嵐のようなノイズを移しているモニターを見上げ、一言呟いた。
「それにしても・・・」

「・・なんてむちゃくちゃな奴だ」
 ヴィータに尻尾をつかまれ、埋もれていた体を引きずり出されたザフィーラは、開口一番、相手のとんでもない結界破りについて、そう論じてみせた。
 が、子犬形態のうえ、尻尾をつかまれたまま逆さづりにされた状態では、如何に真面目に論じようとも、滑稽な絵面ばかりが前に出て、どうにもしまらない。
「・・いつまでこうしているつもりだ、ヴィータ・・・?」
「お気に召さない? おっかしいな? こうすると喜ぶって近所のバーちゃんが・・・」
「バカモノ! それは荒っぽい子犬の躾け方だ! とにかく離せ!」
「ヘイヘイ」
 ヴィータは面白くなさそうに、手首のスナップでザフィーラをに放り出した。
 ザフィーラは猫のように空中で姿勢を整え着地すると、そのようなぞんざいな態度になおも抗議しようとした。が、ヴィータが相手では時間の無駄と思い直し、それ以上何も言わなかった。そしてそれはある意味正解だったのである。
 結界を内部からの圧力で崩壊した際の周りの被害は、原生林の状態から見ても、先のロストロギアによる被害の十倍に届こうかというほどに見て取れた。
 当然、蛇竜も並大抵ではないダメージを受けているのは、想像に難くない。
 ――あそこに誰かおんで。
 結界崩壊による砂煙がようやく納まりつつあるなか、ヴィータの視界を借りたはやてが二人に注意を促すと、そこから姿を現したのは巨大な蛇竜のものではなく、人間の、細身の女の姿があった。
 そしてそれは、ニルヴァーナで見た重要参考人の一人でもあったのだ。
 女はデバイスらしき鞭を束ねて持ち、濃紺のイブニングドレスの上に、チャイナ風の丈の短い白いジャケットを羽織っていた。しかしその出立ちの所々は煤けており、ドレスの裾にいたっては、見るも無残な状態になっていたのである。
 そんな状況と姿を鑑みるに、どうやらあの蛇竜は、潜入、および破壊工作を行うための、女のもう一つの姿であったらしい。
 なんとも汎用性に富んだ性能を持っているのだろう。もしこれがデモンストレーションを兼ねた商談の一つだとするならば、それに付き合う形となった時空管理局はいい面の皮である。
 次元世界を股に掛ける時空管理局に、敵対行動をとる組織は幾百と存在する。そしてそれに組するシンジケートを数え上げれば、それこそ星の数ほどにも匹敵するだろう。
 そんな連中の尖兵として、彼らのような安価で生産すること可能な、高性能な魔法生物がはびこるような事態になれば、遠からず時空管理局は敗れ去ることになるだろう。
 そうと知っていれば、時空管理局の法を曲げてでも、ヴィータは全力であの蛇竜を倒しにかかったに違いない。しかし彼女は神でもなければおしゃか様でもない。一介の嘱託魔導師にそのような裏を察しろというのは、無理な話だった。

 女の黒光りする目は、危険なまでの怒りに染まっていた。それにあわせてか、腰まで届こうという長い髪は、意思を持ったようにザワザワと蠢いている。それまるで、神話に出てくる化け物を髣髴させた。が、
「・・ヴェア・シュランゲ(蛇女)・・・」
 ヴィータが見たまんまの印象を感想を口にすると、女の右目下の頬肉がピクッと動いた。
 続いて「気味悪りぃ」と小さく動く口の動きを見て取った女は、ドロドロという暗雲と共に現れ出でる妖怪もかくやという形相の元、
「小娘、言葉には気をつけるんだね。
 私にはゼラフィリスってれっきとした名があるんだ! 二度とその名前であたしを呼ぶんじゃないよ!」
 もし呼んでごらん。とばかりにゼラフィリスは細長いそれで、口の周りを舌なめずりした。
 だが、小娘呼ばわりされたヴィータとて、黙っているわけがない。
「・・気に障ったのかよ。そーりゃ悪かったねヴェア・シュランゲ」
 と、これまた容赦がない。
「ついでに言っとくけどなヴェア・シュランゲ。
 こっちは千年以上、転生を繰り返す闇の書にしたがってきたんだ。昨日今日生まれてきたテメーとは浅い人生送ってねーんだよ!
 わかったか! この、ヴェ、ア、シュ、ラ、ン、ゲ!」
 ことさらそのフレーズを強調して口にしたヴィータは、アカンベーに加えて、右手の中指まで立てて、全身全霊でゼラフィリスの挑発にかかった。
 一触即発。二人の視線が空中で火花を散らしてスパークした瞬間、二人の戦闘の第二幕が切って落とされた。
《Neidle Spear!》
《Blutiger Dolch!》
 二人の手にするデバイスが、同時に砲撃魔法を打ち放った。
 放たれた弾数は互いに十二発。そしてそれぞれが、赤と蒼の輝跡を描いて真正面からぶつかり合い、そして砕け散った。
 だがこれは示威行動でしかない。文字通りボロ雑巾のようなゼラフィリスであったが、十二発もの弾数を操れるという底の深さのアピールであり、それにノンタイムで追従できる余裕があることをヴィータは示していたからだ。
 だから二人は、互いの砲撃魔法が相殺されたのを確認する前に次の行動に移っていた。
 ヴィータはフェアーテを発動し、手にするグラーフアイゼンを振りかぶって戦闘軌道をとった。対するゼラフィリスも、デバイス『ネイプドアンカー』を長い鞭の形態から、馬の尻を叩く短鞭程度の長さに変形させると、その周りに魔力を集中させて光剣を作り、同じように戦闘軌道に入った。
 右に左に、時にはフェイントを入れ、二人はめまぐるしい輝跡を描いて、十合、二十合とぶつかり合った。
 すれ違いざま、ゼラフィリスはデバイスを長い鞭に変形させ、ヴィータの足を絡めとった。だが、すかさずヴィータはアイゼンを振るって、絡む鞭を切断する。
 ――ヴィータ、左に回りこめ!
 ――無茶言うな! これで結構しんどいんだぞ!
 ザフィーラからの思念通話を受け、ヴィータは文句を言いつつもそれにしたがって、時計回りに誘導し始めた。一方のザフィーラは、直径を倍にするほどの反時計回りで旋回していく。最終的に、ゼラフィリスの死角を取って、拘束する腹積もりだ。
「おのれ、ちょこまかと!」
「そーだ、付いてこいよヴェア・シュランゲ!
 アイゼン。強攻型のキッツいの、いくぞ!」
《Jawohl! Wespe Greifen!》
 ジャケットの隠しから手裏剣(正確には苦内)にも似た鉄片八枚を取り出したヴィータは、新たな砲撃魔法の弾核として、それを撃ち放った。
 『襲うスズメバチ(ヴェスペグライフェン)』と言う意味の名前を冠しているそれは、シュワルベフリーゲンの上位に当たる砲撃魔法だ。その機動性、追随性はシュワルベフリーゲンの三倍増し。それでいて誘導に伴う負荷は、シュワルベフリーゲンの三割増し程度である(ブラッディーダガーははやてのリソースの空きを利用し、負荷を半分に抑えるという裏技を利用している)。
 また弾核にした鉄片は、ダイヤモンドよりも硬度の高い立方晶窒化炭素によって表面をコーティングされている(時空管理局所属艦艇の装甲板表面にも同様のコーティングが為されており、通常空間における外側からの衝撃を全て弾く役割を担っている。蛇足だがこのコーティングは時空間を航行する際には、まったく意味を成さない。(本当の意味での)虚数空間である時空間では、あらゆる物理法則が通用しないためで、時空間航行中は特殊なバリアで艦全体を覆うのが当然とされている)特注品だ。避ける、もしくはカウンターの砲撃魔法で打ち落とされるなどしたとしても、それに刻まれたコマンドによりすぐに復帰し、標的に喰らいついていくのだ。その気性は正にスズメバチのそれである。
 惜しむらくは、この鉄片の材料費がとんでもなく嵩張るため、実用的でないということである(使い捨てにすると、Oパーツ相当のオーバーテクノロジーとなるため、回収しなければならないもの玉に瑕だ)。
 片や標的にされた方も、たまったものではない。
 前述の通り、砲撃魔法で迎撃し、撃ち落そうが、魔力シールドで弾き落とそうが、一瞬の間もおかずして復帰してくる。はたまた、時には最高速度時速三百km相当に達するそれが、突然なんの前触れもなく直角に曲がって喰らいついてくるのである。
「まとわりつくのか! なんてしつこい!」
「ヘン。逃がすかってんだ!」
 知らず漏らした言葉は、追い詰められたことへの焦り。そして知らず身を捻った体は空を切り、自身の飛行速度の限界を超えて、逃げの一手を打っていたとしても、なんら不思議ではなかった。
 そして気づいたときには、ザフィーラが張った捕縛陣へと飛び込むように追い詰められていたのである。
 だが、彼女は魔法生物だ。群れから個へ形態を移行すれば、捕縛陣(恐らくはバインド系のもの)の網の目を潜り抜けることなど造作もない。そしてすり抜け、再度群体の形態を取り戻そうとした矢先、それが来た。
 それまで蒼天の、雲ひとつない空だったというのに、「ガラッ」という腹に響く音が鳴り響いたと同時、辺り一面を白色に染め上げるほどの業雷が、ゼラフィリス目掛けて落ちたのである。
 それは、ヴィータが放った『ドンナーシュラーク(雷神の槌)』だった。
 ヴィータが言った『強攻型のキツイの』とは、ヴェスペグライフェンで追い立て追い込み、ドンナーシュラークで落とすという連携のことだったのだ。さすがの白い悪魔もこれには一杯喰らわされたというのだから、いかほどのものか想像に難くないだろう。
 だが誤算もあった。
 加減を知らんのかと評するザフィーラの言葉通り、ゼラフィリスに落ちた雷は、あたりに電離したイオン臭をさせるほどの電力が伴っていたらしい。いくら殺傷設定を施してあると言っても、これでは喰らった方は重度の火傷を負って当然だった。
 しかしそれは通常の人間相手の話。まして、ザフィーラが張った捕縛陣の網の目を潜り抜けんと、個体に分った無防備な状態への一撃である。抗う術も無く蒸発して消えてしまったとしても、それは無理からぬことであった。
 焦ったのは勿論、当のヴィータである。
「う、うそだろ! あたしはちゃんと・・・」
 思わず自己弁護の言葉が出るが、事実は事実だ。
 ロストロギアの違法回収の容疑者(現行犯であるため重要参考人ではなくなっている)を捕らえるはずが、誤って殺傷してしまったのである。強権の行使と槍玉に挙げられても仕方がない。だが保護観察期間中である彼女の責任は、とりもなおさず彼女の主、はやてに及ぶことになり、そしてそれはヴィータが一番忌避する問題でもあったのだ。
 ヴィータは目に見えて顔を青ざめさせ、凍りついた。
「違う。あたしは殺す気でやったんじゃない。
 あいつが・・、そうだよあいつがザフィーラの貼った網から逃れるのを止めようとして・・・」
「よせ。それ以上言うな」
 ザフィーラは彼女の元に駆け寄ると、頭を抱え込んでいるヴィータを抱き寄せた。茫然自失となっているヴィータは、何をしゃべり出すか分らない。放っておくと、後の査問会などで不利となる発言をするとも限らなかった。何より、まずは落ち着かせる必要があった。
 だが、間の悪いことは重なる。
 はやてを通した精神リンク経由で、シャマルの重大事がもたらされたからだ。
 その知らせにザフィーラは困惑した。
 シグナム、シャマルの体を生体パーツとして取り込もうとしただと?
 では不意打ちで襲い掛かられたあの時、一歩間違えば自分がそうなっていたのかもしれないというのか?
 主の盾として滅びるなら、それは守護獣としての本懐だと彼は思う。だが、得体の知れぬ輩に『採って喰われる』など、願い下げだ。それは他の三人の守護騎士とて同じだろう。
「放せよザフィーラ。あたしはもう大丈夫だ」
 そんなヴィータの呟きで我に返ったザフィーラは、僅かばかり表情を険しくした。
 剣呑な殺気を放つオーラが、ドス黒く渦を巻いているを認めたからだ。
「・・シャマルをあんな目に合わせた連中を放っておくわけにはいかないよな。
 あたし一人ででも、見つけ出して叩きのめしてやる!
 そうさ。一人やろうが二人やろうが・・・」
 ヴィータが危険な光を目に宿したその時だ。
 ――アホな事、言うんやない!
 はやての思念通話が鳴り響いた。
 それは金切り声に近く、脳をしびれさせるほどに痛烈なものだった。
 ――そない事されてシャマルがうれしい思うんか? あたしがようやった言うと思うんか?
 ――あんたはなんやのヴィータ! あたしの騎士やろ? あたしの自慢の騎士なんやろ! なら主が望まんことするんやない!
 ――それでもやる言うんなら、管理者権限使てでも止めたるで!
 はやてが管理者権限を使って、騎士たちの行動の自由を奪うことは未だかつて無かったことだ。それは彼女が、騎士たちを単なる道具ではなく、対等の、一個の人格を持った人間として扱っているからに他ならない。それを曲げてでもヴィータを止めると言うのだ。ヴィータが少しでもおかしな行動をとろうとすれば、彼女は躊躇無くそうするだろう。
 ――はやて! でも・・でも、あたしは・・容疑者を・・・。
 ――あんなん不可抗力や! 間違いは誰にだってある!
 ――なんか文句言う奴がおるんなら好きなだけ言わせとけばえーねん! あたしがあんたんこと全力で守ったる! 絶対の絶対や!
 何よりも家族を大事にするはやてである。例え管理局全てを、なのはやフェイト、クロノたちをも敵に廻したとしても、彼女は家族を守るためにどんな事だってするだろう。その言葉にうそ偽りなどあろうはずもない。
 それが分らないヴィータではない。でもだからこそ、迷惑を掛けたくないという気持ちが首をもたげるのだ。
 ――でも・・でもさぁッ!
 ――いい加減聞き分けぇヴィータ! それともなにか? あんたはあたしを、部下を抑えきれん能無しだとか、家族を守られへん情けない奴やて、陰口叩かせたいんか?
 ――んなわけない! そんなわけないじゃんか!
 ――なら、言うこと聞くんやヴィータ。
 ――幸いシャマルは無事や。今リインフォースん中に回収したところや。二日もあればピンピンして戻ってきよる。そん時はみんなで「おかえり」言うんや。誰も欠けとったらあかん。
 ――・・・。
 最早何を言ってもヴィータの負けは確定的だった。だがそれでもヴィータの中には抗おうとするわだかまりがある。
 それを手に取るように察してみせるのが、彼女の主だった。
 ――あのゼラフィリスって人は無事やよ。微かやけど、転移魔法使た形跡があるんや。たぶんトカゲの尻尾きりみたく、一部だけ切り離して逃げたんやろね。
 それを聞いたヴィータは、ひざから力が抜けたように、ペタンと腰を落とすのだった。


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