魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



 ビョウ。
 強く大きな風が、彼女の髪をなびかせる。
 穏やかな世界ではあるが、四季のようなものが存在しているためか、その風は、肌に冷たく感じさせるのだった。
 しかしその程度の肌寒さなど、騎士たる身からすればどうということもない。まして、主と取り交わした約束を忠実に果たさんとする彼女にしてみればなおさらである。
 瞑目のまま佇んでいた彼女、シグナムは、一つの気配を感じて、薄くその目を開ける。
 その視線の先に、ビュウ! という逆巻く風を纏って男が現れた。ゼーレのゼムゼロスである。
 互いに連絡を取り合い、そこで落ち合ったわけではない。
 距離をとる二人のちょうど中間には、ロストロギア『セフィロトの枝片』、buゲブラー(苛烈)があったからだ。
 それを発見した彼女は、それをそのまま回収するよう命じたニルヴァーナからの指示を、頑として受け入れず、目の前の男が現れるを待っていたのである。
「・・・・・」
「・・・・・」
 が、二人は互いに言葉を交わさないまま、一分、二分と、時が過ぎるに任せたまま。
 その静寂は、枝片を奪取せんとする互いの手の内を読み合うものではなく、まして切り結ぶ相手の呼吸を見取っているのでもない。
 ただただ、時が満ちるのを待つという、静寂の時だったのだ。
 が、その静寂を破ったのは、相手の男の方だった。
「・・何も言わないのだね。私を非難すべき権利は君にはあると思うのだが・・・?」
 搦め手とはいえ、彼は彼女の仲間であるシャマルを襲い、結果、片腕を切断せしめる要因を生み出した張本人だ。恨みつらみの言葉があってしかるべき。と彼は言っているのである。
 しかしそれこそ彼女を、シグナムを浅く見ている証拠でもある。状況判断を見誤ったがために、シャマルを危険な目に合わせてしまったのは他ならぬ自分なのだと、彼女は考えているのだから。
「・・言ったところで詮無いことだ。過去が代わるわけでもないのだからな」
 半ば自嘲気味に笑みを浮かべた彼女は、
「だが、貴様には何度でも言っておこう。
 それの回収をあきらめ、出頭しろ。
 それが一体なんであるのか、どれほど危険な存在であるのか理解しているのか?」
「ははは。流石気高いね君は。尊敬に値するよ。
 だが、いくら君のたっての願いであっても、それを投げ出すわけにはいかない。
 それは我らの希望だ。かつての君たちが欲したそれと、同じようにね」
 その一言で、シグナムの表情に、初めて変化が現れた。
「我らは主のためをおもんばかって行動していた!
 貴様達のように、時空間破壊もいとわないテロ行為と・・・」
 同一視するなと言おうとした瞬間、何か思い当たることがあったのか、シグナムの顔色が再度変化した。
「・・貴様達にもあるのか? 命を賭してでも叶えたいものが?」
 知らず一歩を踏み出した彼女に対し、ゼムゼロスは拒絶の態度を、突き放しの言葉を吐き出した。
「・・それ以上は言えん。起きろ。トライホーン」
 ゼムゼロスが手にするステッキが、三又の槍へと変形。
 そして彼の肩が異様に盛り上がったかと思うと、黒のコートを突き破り、もう一対の腕が現れた。帽子は風に流され、その奥にあった黒光りする瞳が露になった。獲物を喰らう肉食獣の如き眼光をたたえた瞳が。
「我らの悲願成就のため、是が非でもそれは頂かせてもらう!」
 その姿にかつての自分達の姿を重ね合わせたシグナムは、「皮肉だな」と小さく呟くと、愛剣の鯉口を切り、抜刀した。
「ならば全力で来い! ヴォルケンリッターが剣の騎士シグナム! 愛剣レヴァンティンと共に、全力で阻止してみせる!」
「やれるものなら・・・」
 ゼムゼロスは瞬間的に脚部の群体構成を変化させ、瞬発力を挙げるとともに、高速移動の魔法をトライホーンに発動させて、シグナムに肉薄した。
「やってみせよ! 下賎なプログラム風情が!」
 振り下ろされた槍を、炎を纏った剣が受け弾き、交叉した二つの影が、風となって逆巻き、旋風となって吹き荒れる。
 暴力をもって突き進もうとする力と、同じく暴力を持って押し留めようとする力の戦いが、切って落とされた。

    ◇

 カランコロン・・・。
 店の門扉に取り付けられたカウベルが、長閑な音をさせて、来客を伝える。
 そこは商店街の中ほどにある喫茶『翠屋』。なのはの両親が経営するケーキと紅茶がおいしいと、評判の店である。
「たっだいま〜」
 実家という訳でもないのだが、この時間帯ではこちらに家族の全員が揃っている。だからなのはは、明るい、そして朗らかな笑顔でただいまと言うのだ。
「あら、なのは。おかえりなさい。
 お仕事はどう? ・・って言うのはなんか変な感じね。」
 黄色いカラーシャツに麻布のエプロンを下げた母、桃子が、娘の来訪を心から喜んでいる笑みで迎え入れる。
「てへへ〜。そうだねぇ。
 お仕事の方は、楽しくもあり、難しくもあり・・って感じかな〜」
 齢十二歳で仕事に就くことに、不安も多々あるだろうと思いつつも、そんな娘の態度に安心したという表情を返す桃子である。
「ハハ。そうだな。人に教えるってのは楽しくもあり、難しいよな〜」
「あ、お父さん。ただいま〜」
「おう」
 弟子である長男長女に、自分の持つ体術、剣術を教授した経験のある父、士朗は、なのはの苦労を手に取るように理解してみせた。
 大きな手で彼女の頭を撫でてくる士朗に、こんなところに先達がいたのか。となのはは素直に尊敬の眼差しを向ける。が、終ぞそんなことで愛娘からそんな視線を向けられるとは思わなかったのか、再度、なのはの頭を照れ隠しで撫でくりまわす士朗さんである。
 そんな家族団らんの後ろから、
「あ、あの〜・・・」
 扉の影から顔半分を覗かせる様にして、入りにくそうにしている女の子が一人。
 それに気がついてみせたの、桃子である。
「あら、はやてちゃん。いらっしゃい」
「あ、あはは・・オハヨウゴザイマス・・・」
 ぎこちない笑みを浮かべて挨拶をしたはやてだったが、しかしいっこうに店内に入ろうとせず、ともすれば頭を引っ込めそうな感じでモジモジしてみせる。
 普段の快活そうな彼女とは裏腹な、挙動不審な態度に、「どうしたの?」と目顔で問いただすのも無理もない。だがそれは裏目に出たらしく、はやてはなお困ったような顔を浮かべ、ともすれば「ごめんなさい」と残して立ち去りそうな雰囲気だ。
 ますますわけが分らないと、桃子が不思議そうな表情を作ってみせる。だがそれもほんの少しの間。なぜなら、これからここではやてが初デートをすることを彼女も伝え聞いていたからである。
 ようやく合点がいった桃子は、
「そない恥ずかしがることないやないの。はやてちゃん。
 初めてのデートにうちのお店をご利用いただけるなんて、すっごく光栄だ〜って思ってるんやから」
 鳴海市在中の、三番目のはやての母親(二番目は石田女史)を自称する彼女(大阪出身ということもあって、はやてにあわせて関西弁を使ってくれる)に、そんなことを言われるのは、大変、恐悦至極なのだが、
 『それ』と『これ』は、全然、話が違うんや〜ッ。
 と心の中で悲鳴をあげるはやてである。
 しかしそんな彼女の態度は傍から見ると、いつまでもウジウジと踏ん切りのつかない優柔不断にしか見えないのだ。
 だからそんな彼女に業を煮やしたのは、他人の恋路にゃ全力全開! 例え野に咲く小さな花でも咲かせてみせようホトトギス(?)! 今回のデートのコーディネートは全てあたしに任せなさい! と無駄に力の入っているアリサ・バニングス。その人である。
「とっとと入んなさいよ。とっとと!」
 彼女はケリッと、いっこうに店内に入る気配を見せないはやてを足蹴にし、強引に店内に叩きいれたのだ。そのあまりの強引な手段に、ちょっとビックリ顔な桃子さん。
 そんな彼女を脇目に、小さな悲鳴を上げて多々良を踏みながらも、何とか転倒を免れたはやては、半ベソでアリサに食って掛かったのである。
「ひ、ひどいやん! アリサちゃん! 純情可憐な乙女を足蹴にするなんて!」
「ひどくない。さっさとなさい、さっさと。
 他のお客さんにも迷惑でしょ」
 言うに事欠いて純情可憐な乙女かよ。とは口に出さず、ジト目ではやての非難を切って捨てたアリサは、「すいません。小母様」とすかさず愛想のいい笑顔を浮かべ、
「今日は無理なお願い聞いていただきありがとうございますぅ」
 と、礼儀正しく、挨拶とお礼を言上したのである。そつなくこなして見せれば、さすが大企業の社長令嬢の面目躍如といったところ。
 そんな彼女に、「いいのよ。気にしないで〜」と短く返答する桃子さん。しかしてその心は、蹴られたお尻を両手で押さえ、ちょっと膨れて見せているはやてに向きっぱなしになっていたりする。
 なぜなら、
「はやてちゃん・・かわいいっ!」
「え? あ!
 あは、あははは・・・。あ、アリガトウゴザイマス・・・」
 そう。今の彼女はガラス製のショーケースに並ぶショートケーキのように、可憐ではあるけれども、それほど華美には映らない少女服に身を包んでいたのである。
 白のブラウスは丸襟で、前の合わせ共々、トーションレースで装飾されたもの。
 同じ白のフレアスカートに、ミルクティーのような薄茶色の吊スカート(腰の部分に大きな飾りリボンが付けられている)を重ね、紅葉のような茜色のカーディガンを羽織っている。ブラウスの襟元にはセピア調のリボンタイが結ばれ、胸元にはまだ気が早すぎるきらいもあるが、サンタクロースを載せたソリを引くトナカイのブローチが光っていた(このコーディネイトにはリインフォースは合わないということで、肩から提げているポシェットに納められている)。
 特筆すべきは施された化粧である。薄紅のファンデーションで染められた頬は、もぎたての白桃を連想させ、赤く艶々の唇は、無色のリップクリームを塗っただけなのに、まるで瑞々しくも赤く熟れたさくらんぼのそれである。
 顔の凹凸を強調するようなメイクは一切施さないごく自然なナチュラルメイクは、はやてが持つポテンシャルの三割増しに引き上げることに成功しており、そしてそれは、忍による渾身の力作だったのである。仮に街中で見かけようものなら、どこの子供タレント? と振り返られること間違いなしな仕上がりである。
 見れば、他の四人(なのは=肩が大きく開けたフリンジ襟のセーター。インナーに黒系の柄シャツ。デニムのミニスカート。黒のハイソックス。ネックレス代わりのレイジングハートがキラリと光る。アリサ=ちょっと大き目の黒灰色のジャケットに、同色のハーフパンツを、某ブランドのロゴが入った黒のサスペンダーで吊る。白黒縞々ソックスにローファー。アクセントに、デフォルメされた笑うジャックオーランタンがプリントされたネクタイ。フェイト=アリサと同じジャケットスタイルだが、色のみミッドナイトブルー。ネクタイはサンタ帽を被った雪だるまがいっぱい。タイピン代わりのバルディッシュが胸元で光る。すずか=定番の薄青のロリ服に薄紫のカーディガン。コサージュ代わりにテディベアのミニぐるみ)もおめかししており、これも忍の仕業であることは、まず間違いなかった。
 そんなリトルレディ達を、陶然とした表情で見つめ、「かっわいい〜」と桃子さんが呟くのは無理からぬことである。が、今は午前中の業務時間帯。そんな手元がおろそかになっている彼女を士郎が注意すると、怒られちゃったと照れ隠しに小さく舌を覗かせ、
「じゃあはやてちゃん。席はあそこね」
 と、午前中、一番日差しが差し込んで明るい席を案内したのである。しかしそこは店の入り口から最もよく見える場所であるばかりでなく、先ほど桃子が立っていたショーケース裏の位置からも、よく見える場所だったのである。
 その事実に慄然としたのは、やっぱり当の本人、はやてである。
 ――ちょ、ちょうっなのはちゃん! こ、この席って・・・!
 ――うん。お母さん曰く、『店一番のアリーナ席』だって。
 ――そ、そんな! って、すずかちゃんなに? うれしそうにカメラ設置してるけど・・・?
 ――記録するんだって。はやてちゃんの初デート。
 ――やめてもろてーーーーッ!
 あんたはどこぞの玩具メーカーの社長令嬢かーッ! とかいう突っ込みは、なのは限定にしか届かない。声に出して止めようにも、既に別の客がチラホラと来店、談笑している現状では、それも出来るはずもない。またしても『謀られた』はやてである。
 わーんっ! という悲鳴みたいなはやての思念通話が飛び交う中、いつの間にかアップにした髪を、ジャケットと同色のキャスケット帽に押し込んだフェイトとアリサが店の奥、はやての席からは死角になる位置に陣取り、臨時の作戦本部、通称『はやての初デートサポートの会』を設置、立ち上げの真っ最中だった。
 ジャケット+パンツルックは、この作戦本部設置において、気分を盛り上げるために用意したらしい(キャスケット帽を被ったフェイトは、遠目に見ると男の子にみえる。それこそが忍が提案した『いたずら』であるらしいが、それがどのような内容になるかは別の話である)。
「・・なんかはやて、かわいそうになってきた・・・」
 頭上を飛び交うはやての悲鳴(思念通話)を聞いて、本当にすまなそうな表情を浮かべるフェイトに対し、
「何言ってんのよ。こんなおもしろ・・じゃなくて、応援し甲斐のある物件は早々ないんだから!」
 と、面白くってしょうがないと、ウキウキルンルンといった態のアリサである。そして対面に座る彼女に対し、
「それにフェイトだって、後々の参考にしたいでしょ?」
「え・・あ、うんっと・・決して・・そんなことは・・・」
 誰を相手にデート風景を想像しているのか、頬を赤く染めてうつむいてしまった友人に、あてつけかよコンチクショーとばかり、右手の指五本で、ピアノを弾くようにイラツキを自己主張してみせるアリサは、
「・・まったく。魔法使いとしてはどうなのか知らないけど、こっち方面はテンでダメね。あんた達って」
「・・面目次第ありません」
 フェイトが素直に頭を下げたところで、「おまたせ」と小さく呟きながら、すずかがアリサの隣の席に滑り込んできた。カメラの設置は完了したらしい。
「さあ、はやてちゃんのドキドキ初デートの始まりですっ」
 楽しくって仕方ないという表情のすずかは、それこそ小躍りしそうなほどにご機嫌で、トートバックからノートパソコンと眼精疲労防止用の偏光グラスを取り出すや、無線LANでカメラの状態をチェックし始めた。その手際のよさは、さすがに手馴れたものがある。瞬く間に、六つの画面がディスプレイに映し出され、いずれも、画面中央にはやての姿を納めていた。
 それを確認したすずかは、一転、やや難しい顔を作った。十秒ぐらいそのままの姿勢で動かなかったかと思うと、キーボードをパパパッと叩いては、また十秒ほど考え込むのだ。どうしたのかと思えば、その十秒の間に蓄積されるデータ容量の増加傾向を計っていたのである。そして意を決したかと思うと、トートバックから外付けのHDDを取り出し、ノートパソコンに接続。録画ソフトの設定もすばやく変更し、録画データを外付けHDDに保存するようにしたのである(電源の問題もあったが、バルディッシュから取ることで万事解決! ・・ひどい話である)。
 そんな一連の動作をつぶさに見ることとなったフェイトは、その手際の良さに感心することしきりだ。仮に、義母にそのことを話せば、素質ありと、時空管理局への入局を勧めるかもしれない。と思ったほどである。伊達や酔狂で、携帯電話を機能重視で選択するお子様ではないということだろう。

 さて今、画面内に収められている彼女はといえば、ソワソワと落ち着かない様子である。果たしてそれが待ち人現ずという不安からくるものなのか、はたまた友人その他による監視下の元、デートを行わなければならないという憤りからきているのかは、残念ながら液晶画面からは窺い知ることは出来ない。
「そのためにフェイトがいるんじゃない」
 自分を見つめ、ニヘッと笑ってみせるアリサの一言で、今日はどのような扱いを受けるのか、瞬時に理解してみせたフェイトである。少なからずショックを受けたらしく、「そうなの?」と呟く声はわずかに震えを含んでいた。
《Try not let it get to you. Sir.》
 そんな彼女を慮ったのか、普段無愛想な彼女のデバイスが、元気を出してくださいと励ましの言葉を投げかけてくるので、「ありがとう」と小さくうなづき返すも、より複雑な心境になってしまうフェイトである。
 はやての相手が現れたのは、そんな矢先であった。
 厚手のカジュアルシャツに白のモコモコのセーターを着込み、黒のGパンという出で立ちの少年は、待ち合わせ時刻より三十分も早く到着し、準備を整えていたこちらの思惑よりも早く、しかも十分前に到着という、なんて模範的な行動をするんだこいつは! と一同(主にアリサ)が内心で絶叫する中、包帯を巻いた片足でサンダルを突っ掛けた彼は、店主の思惑通り、にぎわい始めた店内からはやてをすぐに見つけ出すと、軽く手を上げながら店内へと足を踏み入れてきたのである。
「さ〜始まるわよ〜。なのは、スタンバイオーケー?」
 月村邸出発前での打ち合わせで、なのはは二人が座るテーブルの給仕に専念することになっていて、彼女もまた、それを快諾していたのだ。
 ――オ、オーケー?
 ――オッケーだよ、フェイトちゃん。
 フェイトを経由したアリサの確認に、なのはははっきりしっかり応答を返してくる。翠屋のロゴが入った麻布のエプロンに、手にはお盆がしっかりと握られ、傍らにはおしぼりと冷水の入ったグラスが、準備万端、用意周到に整えられている。
「・・だって」
「はやてにはガンバ! って伝えて」
 気分は最前線で無線装置を背負って走り回る通信兵なフェイトである。そんな彼女が思念通話で、はやてにアリサの伝言を伝えるべく回線を開くのだが、
 ――が、がんばって。はやて!
 ――・・・・・・ッ。
 ――はやて・・・?
「はやてちゃんてば、緊張しすぎてカチンコチンになってます。隊長!」
 ノートパソコンでカメラを操作し、はやての表情をズーム。確認したすずかの報告に、「なんだって〜!」とアリサが電光石火の動きで、その画面を覗き込んだ。
 見るとそこには、確かにヘタクソな操り人形の如く、カクカクとぎこちない動きで返事をしているはやての姿が映し出されていたのである。
 まずは簡単な挨拶を済ませ、然る後「その服可愛いね。似合ってるよ」みたいな話の展開を目論んでたのに、そのはるか手前で躓いてるなんて信じらんない!
「なにやってるのよあのはんなり娘わ〜っ!」
 『はんなり』の意味を誤用しまくった発言に、誰もあえて文句は言わず、さてどうしたものかと思った矢先、
 ――早速私の出番だね。まっかせて〜♪
 と、西部劇の騎兵隊よろしく、白い悪魔が天使の翼をまとって救援に駆けつけたのである。そう。彼女は正にこんな時のために配置された、救助要員だったのである。
「いらっしゃいませー」
 足に負担がかからないよう、器用な足取りでエッチラオッチラとやってきた相手を、営業スマイルで出迎えたなのはは、カチコチになっているはやての両肩を軽く叩くと、そのままグルリとテーブルを回りこんだ。そして「こちらへどうぞ」とはやての対面にあるイスを引いて、案内してみせたのである。自然、はやての視界に入ることになり、小さく微笑みを浮かべ、
 ――そんなに緊張することないよ。いつものはやてちゃんらしく、カッコよく。ねっ。
 と、励ましの思念通話がつなげるのだ。が、
 ――そやかて、心臓バクバク、頭グルグルなんやもん! なのはちゃんかわって〜なぁ。
 そんな身も蓋もない返事が来るとは思わなかったなのはは、思わず苦笑い。
 ――それじゃ意味ないでしょ!
 と突き放すのだった。代理でデートに参加するなど許される行為じゃないし、第一相手に失礼だ。
 そんな理詰めで断れると、流石のはやても何も言えなくなる。自然、気恥ずかしさと自己嫌悪で俯きぎみになって、少年と目線を合わせないような姿勢になってしまう。
 対して相手の少年、レイは、「ありがとう」と短く呟くと、最後の距離を片足跳びで詰め、テーブルを手をついてからイスに身を沈みこんでくる。
「足は大丈夫ですか?」
 少年が座りきったのを確認したなのはが、営業スマイルのまま肩越しに聞けば、「平気です。ありがとう」と、レイは白い歯が光りそうな笑みを浮かべてみせた。
 だがそれをカメラ越しに確認したアリサなどは、
「こいつ、今の笑顔ねらってやった?」
 といぶかしむ事しきりだ。
 目の前に今回のデートの相手がいるというのに、違う女に愛想を振りまくなんて信じられない!
 というのが、今の一連の行動に対する彼女の見解である。
 だが、同じようにノートパソコンを食い入るように見つめているフェイトとすずかは、それに気づいた様子はない。また画面に映るはやても、言うに及ばず、ましてなのはに至っては、目に特殊フィルターでも埋め込んでるんじゃないかというぐらい、鮮やかに受け流してみせている。
 ・・ひょっとしてあの子の鈍感さは、これ(接客業)が原因?
 などといらぬ想像を巡らすアリサをよそに、
「今日はお誘いありがとう」
 とレイが向かいに座るはやてに口火を切れば、意識はそちらに全力傾倒だ。
 いつの間にセットアップしたのか分からないが、二人の会話はテーブルの下に仕掛けられた集音マイクで拾い上げられ、すずかのノートパソコンに記録されるようセッティングされていた。その音声をイヤホンで分配して、アリサ、フェイト、すずかの三人で、神妙な面持ちで聞き耳を立てる。
 気分はもう、誘拐犯からの電話を逆探知する刑事のそれだ。
「え、あ、や・・あは、あははは。
 こ、こっちこそすんません。夜分に変な電話してもうて・・・」
 汗をカキカキ、照れ笑いを浮かべるはやて。それをレイは、
「いやいや。なかなか情緒があって良かったと思うよ?」
 と、余裕綽々で受けてみせた。果たしてそれは、年上ゆえの余裕なのか、はたまたそういう経験の豊かさからきているのかは分からない。仮に前者だとすれば、それは清い交際になったことだろう。しかしそれは叶わないことは目に見えている。彼ははやてを騙すつもりなのだから。そしてそのしたたかさが、その余裕な態度を、つまりは虚勢ともとれる態度をとらせているのかもしれない。
「あう。う、うそや〜そんなん絶対うそや〜〜。
 私、顔から火が出るくらい恥ずかしかったんですよ〜。情緒も何もあったもんじゃないです〜!」
「フフ。だろうね。いっぱいいっぱいって雰囲気がすっごくしてたし」
「うぐぐ」
 やっぱしかと呟いて縮こまるはやてを見て、レイは頬杖をついて小さく笑みを浮かべる。
 そんな二人をノートパソコン越し、および首を伸ばして覗き見している作戦本部の面々は、
 なかなか良い滑り出し?
 相手のいい様に転がされてるだけよ。
 と、何かの品評会のように、点数とダメだしの真っ最中だ。
 すずかは八点。アリサは二点と評価は対照的なもの。
 しかしフェイトは別の視点からそれを保留としていた。執務官として交渉役として立ち会う機会はこれから多々あるだろう。だから、このような駆け引きは常日頃見聞きしておいて損はないという訳だ。・・教材としてはいささか、不適切であることは勿論否めない。そして、彼女が誰とそのようなやりとりを望んでいるのかを憶測するのもまた別の話だ。
 そんな三者三様な思惑を蚊帳の外に、舞台の主役達はそれぞれの役をこなしていく。
「・・昨日は本当にすんませんでした。助けてくれた人に、あんなことしてもうて・・・」
 水中にて、お互いの唇同士を重ねていることを認識したはやては、我を忘れて彼のことを思い切り突き飛ばしている。そして突き飛ばされた彼は、あまりに突然のことで、大量の水を飲んでしまったのだ。なんとかプールサイドに辿り着いた彼は、十分間弱、苦しそうにむせ続けたという。だがはやては、その時、真っ赤になってそむけていたので、その事実を知らなかったのである。
 はやてはその事を謝罪したのだ。
「あ〜、気にしなくていいよ。こっちこそすっごい失礼なことをしてしまって、申し訳なく思ってるんだから・・・。
 その・・はじめて・・だったんでしょ?」
 なるべく言葉を選んでいたのかもしれないが、レイの不用意なその一言で、はやての顔がボンッと真っ赤になる。
 それを見たレイは、急に気恥ずかしくなったのか、わずかに頬を染めて視線をそらし、
「・・すいません。失言でした」
「い、・・いえ・・・」
 そして会話は途切れ、なんとなく気まずい沈黙が二人の間に流れることとなったのである。
 そんな二人をアリーナ席から観察する人影が三つ。
「・・初々しいわねぇ〜」
「あんなカワイイはやてちゃん始めて見たよ私。なのはは?」
「私もだよおねえちゃん」
「・・きみたち仕事してくれないか・・・?」
 作戦本部とは別に立ち上がっていたもう一つの見守る会会員である親娘三人(美由希は厨房にいたので、先程は挨拶できなかった)に、困り顔で苦言を呈するのは父、士朗である。しかし「しばらくお父さん一人でがんばって」などとつれない返事が返ってくると、ダメだこりゃ。というゼスチャーとともに大きく吐息を吐き出す士朗さんなのであった。

「フェイトフェイト! クッキー渡すように現地に通達! 大至急!」
 一方、作戦本部では本部長であるアリサがキーッと目を吊り上げヒートアップしていた。いつまでたってもはやてが手作りクッキーを手渡そうとせず、モジモジと拙い会話のやり取りを続けていたからである。
「も、もう少しお話してからでもいいんじゃない?」
 しかし渡すにしても、もう少し雰囲気を大事にした方がいいと思ったフェイトの意見は、「却下!」の一言でアリサに切って捨てられた。
「私もフェイトちゃんの意見に賛成」
 が、すずかからの助言が入ったことで、アリサの意見が逆転敗訴で棄却されたのである。まさか自分の意見が棄却されるとは夢にも思ってもいなかったアリサは、当然憤慨。瞬間湯沸かし器のように怒気を立ち上らせた。
「な、なんでよ! あんな停滞しきった雰囲気のままじゃ、いつまでたっても目的達成できないじゃない! ゴーよゴー! ごーあへっど!」
「だめです。会話の展開上、ここで渡すのは早計が過ぎます。もう少し相手の心をこちらに向けるのが寛容かと愚考する次第です」
 とすずかはにべもない。
「すずかの意見に賛成」
 そしてフェイトがそれに迎合する。民主的に拒否の意見が採決されてしまったため、 苦虫を噛んだような表情を作り、アリサは憤懣やるかたないと態度で猛然抗議をし続けようとした矢先、
「・・君たち、もう少し小さな声でね。他のお客様に迷惑だから」
 そう言いながら作戦本部に飲み物を持って現れ、苦言を呈したのは士朗である。その表情は、眉を八の字にした困り顔だ。
 そんな顔をされては、申し訳ない気持ちにもなるのだが、
「あ、すいません小父様。ロイヤルミルクティーは私です。
 でもさー・・・」
 納得のいかないアリサは、なお食い下がるべく、両手を拳にしてすずかに食い下がる。
「ごめんなさい小父様。私は生クリーム乗せココアです。
 だーめ、会話続行」
 士朗から雪山のようにクリームが乗せられたティーカップを受け取りつつ、流氷敷き詰める厳寒の海のように、すずかは意見を突っぱねた。
「小父さんの入れてくれるダージリン、いつもおいしいです。
 ・・はやて・・スマイルスマイル」
 火と水、水と油。そんな感じの二人の間を取り持つような緩衝帯の位置づけになっているフェイトは、一人士朗に笑みを見せ、ひよこの形でデザインされたティーポットと、空のティーカップを載せたソーサーを受け取った。が、それも一瞬。すぐに凛々しい表情になって、目の前の二人とノートパソコン、時々振り返ってはやての方に視線をとばすか、なのはとアイコンタクトを取っていたりと通信兵役に余念が無い様子。
 三者三様を見せるそんな彼女達を、トレイを小脇に挟んで見やった士朗さんは、店内を見渡すと「女の子って難しいなぁ・・・」と、年頃の娘を持った父親らしい悩みをポツリとこぼすのだった。


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