魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



   ― 7.連動 ―

「い、以上が、今回の事件に関する現状、分かっていることの概要になります・・・。
 ・・不明な点はあ・・あ、ありますか?」
 緊張すると、極度の上がり症のために、言葉が滑らかについて出てこない。
 常々治したいとクリスティン・ホークは思ってやまないのだが、それは叶うことなく今日まで来てしまっている。
 しかしそれだって人からみれば、なかなか大した物だ。
 今彼女は、総勢五十人からなる魔導師達の視線を、その一身に集めていたのだから。気後れて頭の中真っ白状態になり、何も口に出来なくなるより何倍もマシと言えるだろう。
 そんなアワアワしている彼女をよそに、魔導師達は真剣な表情で、映し出された情報とそれを照らし合わせた結果の概略図などを凝視し続けている。
 そこにはロストロギア『セフィロト』の正体と、その強奪犯である『ゼーレ』と称する犯行グループの詳細。そしてこれから起こるであろう最悪時の災害予想が映し出されていた。勿論、ここに集う面々は、そうならないようにするためにいるのだが、報告を聞かされた彼らの表情は、皆一様に厳しかった。

 ロストロギア『セフィロト』。
 このロストロギアは、今でこそ『セフィロト』と呼ばれているが、かつては『ラプラス』という名の占いの道具だったという。
 これはその名の通り、未来の不確定要素を予測するための運命演算器で、占う対象の運命や未来を、かなりの確立で見通す事が出来たらしい。だが古の所有者はそれだけでは満足せず、『望んだ未来が確定した世界へ転移』する機能を付加したのだという。
 それは、神と呼ばれる存在になるに等しい試みだった。
 実現すれば、他人の成果を横取りするすることなど朝飯前。偉人の存在ごと無かったことも出来る。歴史を歪め、全く別の世界を築き上げることも思いのままだ。究極的に考えれば、天地創造の時点にまで干渉できるかもしれない。そしてそれは即ち、命の生成までを行えるということになる。故にそれは『セフィロト』と名を改められ、世は混沌の渦に呑まれる結果になる・・はずだった。
 そう。試みは失敗に終わったのだ。
 セフィロトは起動しこそすれ、周囲の時空間を道連れに消滅するだけの空間破砕弾となりはて、所有者が思い描いた世界の創造など、実現できなかったのである。

「しかしセフィロトだけは、存在し続けた・・・。
 そりゃーこんな危ねーもん封印して、人目にさらされないようにしようって思うわな」
 あきれ果ててモノも言えない。
 そう独白したのは、壮年オヤジであるアンベール・マクシミリアンだ。
 その傍らには、ニルヴァーナ所属の武装隊隊長であるディーグ・オレインとミハエル・マイヤーの姿がある。が、二人の表情は複雑だ。
 アンベールの不肖の弟子である八神はやてが乗艦にしている関係上、大きな事件に関わることが多くなってきているとは言え、まさか時空間を破壊する爆弾のような代物に関わるだなんて、夢にも思っていなかったからだ。
「また厄介なモンが出てきやがったなー。
 んなもん封印しないで、バラして捨っちまえばよかったんだ」
 とオレイン。
「それが出来たんなら俺らの商売も多少は楽になったろうさ。捜索遺失物(ロストロギア)なんて厄介なモンから解放されるんだからよ」
 それにアンベールが追従する。が、すぐにそれは鳴りを潜めてしまった。二人を射すくめるような視線が放たれていたからである(マイヤーは危機を察知して、一歩離れたところに待避していた)。
 二人を心胆寒からしめた視線を放っているのは、ニルヴァーナの艦長であるシモーネ・アルペンハイム提督。そして二人は、彼女に惚れている関係上、頭が上がらないのである。更に間の悪いことに、彼女は八神はやてを実の娘のように溺愛しているのだ。つまり不用意にこぼしたアンベールの言葉尻に、はやてを批難するところを見つけた彼女は、はやてのことを慮るあまり、母獅子のようにして男共を無言で恫喝しているという次第だ。下に恐ろしきは母の情という奴である。
 一方、そんなシモーネに庇護されているはやてはと言えば、神妙な面持ちでセフィロトの報告を凝視しており、身辺で渦巻く不穏な空気に気づいている様子はなかった。
 そんな彼女の態度に気づいた大人四人は、またなにか不穏なこと考えているな。と、彼女の心中を一様に捉えていた。
 確かに大人達が考えたとおり、今はやての心中は闇の書の事でいっぱいだった。だが決してセフィロトを使って、過去の凄惨な出来事を無かったことにしたいと考えていたわけではない。思う処はたった一つ。泣き虫で、いつも寂しそうな笑顔を湛えて一人佇む、長い長い銀色の髪を持ったあの子のことだ。
 私が不甲斐なかったばっかりに、あの子一人だけ逝かせてもうた。出来ることなら・・・!
 悔恨の情にかられ、知らず待機状態にある魔杖をキュッと握りしめたはやては、きつく唇を引き結んだ。
 そんな彼女に、「はやてさん・・・」と気遣った口調でシモーネが語りかけてきた。
 ハッと我に返ったはやては、その時になってようやく自分が何を考えていたのか思い知り、そして心配を掛けたことに恥じ入ったように、苦笑いを浮かべてみせた。
「あ、あははは・・・。私、そない深刻そうな顔してました?」
 小さく舌をみせて戯ける彼女に、先ほどまで色濃く滲ませていた悲愴さは微塵もない。しかしそれは澱となって、彼女の心の奥深くに留まっている事に想像するに難くない。だがそれこそが彼女の本質であり、それがあるからこそ、彼女は今この場に立っているのである。それに目を背けるようものなら、彼女の人生はそう長くはないだろう。
 そんなこと、させはしない。
 そう心に固く誓ったシモーネは、無言ではやてを抱きしめたのである。

「しかし連中、一体どこでこいつの存在を知ったんですかねぇ?」
 マイヤーが、腕組みしながら呟いた。
 力あるモノは、それを求める者の前に、吸い寄せられるようにして現れることは往々にしてある。セフィロトもまたその例に漏れず、彼ら『ゼーレ』の目の前に現れたのだろう。しかし疑問は残る。
 セフィロトの情報は、無限書庫のかなり奥深くに残されていたモノだ。封印の地であるこのランスベルクに、前情報もなしに彼らがどのようにして辿り着いたというのか? マイヤーはそこを指摘したのだ。
「それだけ人間になりたかった・・ってことなんだろうな・・・」
 マイヤーの問いに、オレインが答えてみせた。
 なるほど。妄執めいた思いがあったからこそ、それがセフィロトへと導いた。そう考えれば納得もいく。しかし理解は出来ない。そこまでして、何故彼らは人間になりたいというのか?
 ゼーレの主要メンバーであるゼロと精神的にリンクしたことで、はやては彼の記憶の詳細を手にすることが出来ている。そんな彼女からの報告により、彼らの白日の下に明らかとなったのだが、何故そこまで、強く思っているのかまでは分からないままだった。
「えーい、肝心なところを聞き漏らすとはなさけない奴だ!」
「せやかて、あんなんドタバタしとったんやで! こんだけ情報が手に入っただけでも御の字やんか!」
 オレインがはやての頭の上に、ごつく節くれ立った拳を置いて、グリグリと捻り擦った。それに非難がましい視線を向けてはやてが抗議すると、はやて擁護派のシモーネが「その通りです」と言わんばかりの視線を向けてくると、大好きな主人に怒られて意気消沈したワンコのように、オレインは大人しくなってしまった。
「・・肝心要のそこが分かれば、昇華の儀式・・だっけか? それを止める手立てだって検討しやすかったんだ。言い逃れする前に、自分のミスを恥じ入れ」
 そんなオレインに助け船を出したのは他でもない。彼の恋敵でもあるアンベールだ。身持ちの堅いシモーネに思いを寄せる二人は、ことある事に反目し合いこそすれ、目の前の事態を向こうにまわしてでも、角を突き合わせるような無分別な間柄ではなかった。また彼は、はやての指導教官役でもある。弟子の失策を咎めるのは当然の所行だ。
 だからはやては、む〜と口を突き出すようにしてむくれると、
「・・すいませ〜ん・・・」
 不承不承の体で謝罪してみせた。
 しかし口では謝罪したものの、「だってしゃーないやんか」とはやては態度で語っていた。その反骨精神たるや良し。とはアンベールは評価しこそすれ、そこまであからさまにするなと釘を刺すことに余念がない。
 確かに今回の一件は、偶然に偶然が重なった千載一遇の出来事だった。そんな偶然の直中にあって、あれもこれもと多くを望むのは確かに無い物ねだりである。でもだからこそ、多くを望まずにはいられないのだ。
 自然、男三人からはやてへ向けて、グズ。ドジ! という無言の叱責が乱れ飛び始めた頃、
「・・もしかしたら・・・」
 そう呟いたのは、ブリッジクルーの一人、操艦手補佐のシンシア・ウェイバーだった。
 その場に集った面々の視線が集中するなか、これがクリスであれば卒倒ものの状況にあっても尻込みすることなく、シンシアは思い至った感想を口にしてみせた。
「自分でも分からないんじゃない? どうして人間になりたいのか」
「んなバカな」
 そんな突拍子もない彼女の物言いに、彼女の隣で盛大にコケてみせたのは主席操艦手であるセイン・カーペンターである。しかしシンシアは引かなかった。セインの突っ込みに、「えー?」と不服の声を上げてみせた。
「シャマルさんを取り込もうとしたゼム・・ゼロス? とか、ヴィータちゃんを目の敵にしてたゼ、ゼ・・そうゼラフィリス。そいつらの方がゼロって奴よりよっぽど入れあげてるってイメージあったんだけど・・・。ちがうかな?」
 二人のやり取りは付き合っている恋人同士のまさにそれで、一同の「イチャつくなら他所でやれ」という視線も何のその。シンシアの女性らしい直感に基づく意見に、「もういい。お前しゃべるな」とセインが彼女の口を塞ごうと右手を伸ばしてみせる。
 だが同じ女性同士。シンシアの意見に思うところがあったのか、はやてとクリスは腕組みして考え込むような仕草をした。そしてシモーネもまた、シンシアの着眼点に一つ頷いてみせたのだ。
「確かに。これまで我々と面と向かって仕掛けてきたのはその二名だけですし、そうと考えれば、これらの行動にも納得できる気がします。
 はやてさんの件にしても、行きがかり上という雰囲気が強いですし、この二名に言われるがまま・・と言うことなんでしょうか」
「・・そんな意志薄弱な奴の前に、ロストロギアは出てこない気がするがな・・・」
 シモーネの言葉に否定的な弁を口にしたのは、特捜として長い経歴を持つアンベールだ。彼の経験上、この手の事件に関わった人間は、大なり小なり頭のネジが数本、飛んでいるような輩が多かったからだ。もちろん、シモーネの意見に百%否定する意図で口にしたわけでもなければ、揚げ足取りをしたかったわけでもない。あくまで彼の経験則を口にしたまでに過ぎないのだ。だから彼の物言いに、少しばかりすねた仕草を垣間見せるシモーネに、彼が顔色を失ったのは言うまでもない。

「しかし・・これらの情報を裏付けする手立てがないってのは痛いですねェ」
「・・そうね・・・」
 セインが苦々しく呟くと、同じように重い溜息をついたのはシモーネだ。
 現在、第二○二管理外世界ランスベルクは、時空管理局による時空間閉鎖処置により、渡航や通信による情報のやり取りが一切出来ない状態になっている。これは管理局に所属するニルヴァーナにおいても同様で、その厳しさに限って言えば戒厳令下における治安強化と言うよりも、バイオハザードによる暴罹を恐れた隔離処置に近いものがあった。
「閉鎖処置については仕方ないでしょう。ロストロギアによる被害を食い止めるためには、有効な手段であることに間違いはありませんから。
 ただ、タイミングがあまりにも出来すぎていると捉えられても仕方ありませんね。まるで予め取り決められていたかのようで・・・」
「噂の意志決定機関・・か・・・」
 シモーネの言を次いだアンベールの呟いた。
「真偽のほどは定かではありませんが、その様な組織が動いた可能性は無くはないとみていいでしょう。
 ですが、ここはあえて大人しく従ってみせるのが正解だと思います。時空間閉鎖をしてまで得られるものがあるとは、到底思えないからです」
 上でどのような取引があったのか、現場にいる者が窺い知ることは出来ないが、余り見くびらないでほしい。
 シモーネは、言外にそう主張してみせているのだ。静かな微笑みのアイアンメイデンらしい、静かな闘志をみなぎらせ、彼女は口元に笑みを浮かべてみせるのだった。
 そんな彼女を尻目に、別の視点からアンベールが状況分析を図ってみる。
「・・特捜としては、むしろ何かがあると見るんだがな。どうだ八神?」
 無色のオーラを纏っているシモーネを他所に、水を向けられた少女は、そうですね。と首を捻ってみせた。
「得られるメリットはそう多くないとは思います・・・。案外、ゼーレの存在を他所の人間に知られたくない・・とか?」
 はやてが口にした『他所の人間』とは、取りも直さず管理局以外の人間。つまり、敵対する犯罪組織や、テロ活動などを行う武装集団のことだ。
 流石に二年近く、そうした現場に立ち会う機会が多くなれば、そうした存在に対する手段を考えるクセが付いて当然。規模の大小は在れども、似たような状況を経験したこともあった。そうして壊滅させた組織の数は、片手では足りないほど。ましてや、彼女はそれを容易に実現できる私兵を有しているのだ。
 なんや随分、染まってしもーたなぁ・・・。
 ほんの二年前まで、たった一人でひっそりと暮らしていた自分が、荒事専門の世界で、堂々と渡り合っている姿をどうして想像できよう。だからはやては、何とも形容のしがたい複雑な表情で溜息をつくのだった。
「ふむ・・まあそんなところだろうな。
 生物兵器のデモの可能性は無くなったとしても、出所を秘匿したいっていう意志が動いたとするなら、この絶妙なタイミングにも説明が行くってもんだ」
 頬に指をあて、首を捻って自分の考えを口にした生徒に、先生は満足の笑みで合格点を付けてみせた。
 しかしその意見に色めきだったのはシモーネである。
「まさか! ゼーレが管理局で作られたというのですかッ?」
 激昂するシモーネを押しとどめようにして、
「あくまで仮定の話だよ。
 しかしデバイスが、管理局が規定した規格に準じてるってのも、気にとめといて損はないと思うぜ」
 ミッドチルダ方式の魔法体系は、今やデファクトスタンダードの域に達しつつある。しかしそれは、あくまでそれを用いる魔導師間の話であり、彼らをサポートするデバイスはその限りではなかったのだ。それは取りも直さず、管理局が唯一絶対の存在ではないことを証明する、数少ない実例の一つなのである。
 そして今回、皮肉にもその実例が裏目に出てしまったらしいとなれば、如何なシモーネであっても心中穏やかでいられるはずがない。しかしそうと考えれば、突然施行された時空間閉鎖の理由にも納得がいくのだ。
 だからシモーネは、釈然としないながらも口をつぐみ、押し黙ってしまったのである。

「さて、そうとなったら、どうする?
 ただ黙って踊らされるのも癪ってモンじゃないか?」
 思考の迷宮に入ってしまった感のあるシモーネに助け船を出そうというのか、アンベールがパンッと手を打ち鳴らして、一同を見渡してみせた。
 だがその顔に浮かぶ不敵な笑みは、誰が見ても一悶着起こそうとしている悪ガキのそれにしか見えず、嫌な予感を皆に覚えさせずにはいられなかったのだ。
 だから自然、目を反らしてみせる者が続発する。
 そんなブリッジに集ったメンバーを見るに付け、「んだよ。つれないな」とぼやくアンベールの視線は、当然のように立場の弱い彼女の上で止まる事になる。
「八神。お前、あれ持って連中のところに行け」
 そしてアンベールは、事もあろうにとんでもない事を口にしてみせたのだ。

   ◇

 彼女は不可解に思っていた。
 『彼女』とのやり取りは何時如何なる時でさえ、途絶えることはなかったはずなのに、今回ばかりは違うのだ。既に四日近く連絡がない。
《いったいどうして? 私は見捨てられたのか? いやそんなはずはない・・・》
 自問自答を繰り返すが、明確な回答を得る手段を持たない彼女にとって、それは何も生み出さない不毛な思考の繰り返しだった。
《ではやはり・・そうなのか・・・?》
 彼女はやがて得心することにした。
 『彼女』に何かがあったのだと。
 こんな事は今までなかったが、だがしかしそうと考えなければ納得出来ないのだから仕方がない。
《非常事態発生。現在なおも継続中と判断する。
 これより特例事項Z−○○二九を発動する。封印術式第三項から第二項の解除、実行》
 だから彼女は、これまで一度も起動したことのない回路を、起動することにしたのである。

 ゼムゼロスは酷く困惑していた。
 彼がよすがとする少年ゼロが、なかなか目を覚まさなかったからだ。
 時空管理局に所属する特捜の魔導師の少女、八神はやてと精神的に接触を果たした結果、ゼロは未知なる腹痛に襲われ、自らの身体の制御に失敗してしまった。
 腹痛とは、ゼロの身の上に起こった傷や怪我によるものではない。その日、その時、そのタイミングで発症した、はやての『生理』によるものだ。女性特有の(特に重い)それを、予備知識もなしに突如、知覚することとなったゼロはパニックに陥り、下手を撃ったのだ。結果、はやてに体の制御を盗られたばかりか、情報を盗み取られるという失態を演じてしまった。
 情報の大部分を持って行かれる前に彼の体の一部を切り離し、無理矢理精神リンクを切り離したゼムゼロスは、乱数転移で身を隠す一方で、ゼロの身体再生に取りかかった。
 ゼムゼロスにしろゼラフィリスにしろ、ゼロを失うことは全てを失うことと同義である。ゼロは自分のことを彼らのバックアップ程度にしか考えていない節があったが、それは全くの逆だ。
 ゼロが生きているからこそ彼らがある。
 ゼロが死ぬ時は、自分たちも死ぬ。
 業縁、奇縁、一蓮托生。
 全てはゼロのためにあり、全ては皆のためにある。
 お互いの認識が僅かばかりにずれてはいるものの、彼らの間に存在する絆は、何ものよりも固く結びついていたのである。

 そんな思いを一身に受けるゼロが、身体の再生はほぼ完了しているというのに、一向に意識を取り戻さないのだ。次元連結しているバックアップは正常に機能しているから、無限再生の際に起こる記憶の劣化は有り得ない。程なく意識を取り戻すだろうと高をくくっていたゼムゼロスは、当てが外れて心中穏やかではいられなかったのだ。
「何故だ、ゼロ! どうして目を覚まさないッ?」
 簡易培養槽の中で身を横たえたままのゼロを睨み、ゼムゼロスは苦々しげに独白する。
「管理局の小娘が何か仕掛けていったというのか? バカな! だが・・しかし・・・」
 ジリジリとした焦燥感にかられ、思わず培養槽を殴りつけ八つ当たるゼムゼロス。普段の沈着冷静な彼を知る者がその光景を見たならば、酷く困惑したことだろう。
 しかしそんな彼の焦りが通じたのか、培養槽の中でゼロが薄目を開けたのだ。それに合わせるように、培養槽のモニター機能も、彼の意識が覚醒に転じていることを示す表示を始めたので、ゼムゼロスは安堵の息を吐き出した。
「おお。ゼロ・・・。肝を冷やしたぞ」
「・・すまない。迷惑をかけたみたいだね」
 培養槽に満たされた羊水の中で、ゴボッと泡を吐き出しながら、ゼロは弱々しい笑顔を浮かべてみせた。それを証明するように、彼の瞳は酷く疲れきったように生彩を欠いている。だからゼムゼロスは気遣わしげな表情を、その黒い双眸に浮かべてみせたのだ。
「大丈夫だよゼム。あと半日も休めば回復するから。
 ・・それより・・ああ、そうか・・・」
 バックアップから気を失っていた間の情報を受け取り精査を済ませたゼロは、酷く気落ちした表情を作ってみせた。
 それはそうだろう。掛け替えのないゼラフィリスが捉えられているというのに、自分はのうのうと四日以上、眠っていたのだから。
 血反吐を吐くような思いを、彼らに架しているというのに・・・!
 悔恨の思いに息苦しくなる。不甲斐なさに歯がみしていると、ゼムゼロスが気にするなと声をかけてきた。
「ネイプドアンカーの死活信号に応答がない。破壊されたか、停止コードを入力されたとみて良いだろう。アルベルトが設定した状態遷移に従うなら、そろそろバックアップが目を覚まし活動を開始するはずだ。
 あいつは無事、我らの前に現れる。だからそんな顔を見せてやるな」
 そう言ってゼムゼロスはゼロを励ました。非道く不格好な笑みの表情を作りながら。
 そんな彼の気遣いに薄く笑みを浮かべ、わかったと応えたゼロは、再度眠りにつくことにした。
 培養槽の中で、再び眠りについたゼロの姿を確かめたゼムゼロスは、ゼラフィリスのバックアップと連絡を取るため、己のデバイスであるトライホーンを取り出したのだった。

   ◇

 ザァァァ・・・。

 スコールのような水音を立てて、お湯が天井から降り注ぎ、床板で跳ねまわる。
 そこは廃熱のための二次冷却水を利用した給湯設備から引き回した温水施設。平たく言えば浴室だ。
 『女性専用』と銘打たれたそこには『Don't Peeping!』という立て看板が立っていた。そして『覗いたら容赦しねー』という注意書きの横に、呪いウサギが大きなハンマーを掲げたイラストが描かれていた。

 ザアアァァァ・・・。

 降りしきる温水のシャワーを、体全体を使って受ける人影が大小三つある。その内の一つははやてだった。
 個人用に仕切られた狭い空間で、シャワーを無造作に顔で受け止める。既に頭はシャンプー済み。リンスもかけて十分に洗い流してある。このままシャワーを浴び続け、少し暖まったら体を洗うつもりだ。
「ふぅ・・・」
 つかの間の休息。
 これから途方もない事件に立ち向かうのだから、休める内に休んでおきなさい。
 というシモーネの助言に従って、お風呂に入ることにしたのだ。もっともニルヴァーナ艦内に湯船のような場所をとる施設はなかったので、手足を伸ばしてゆっくりすることは出来ないのが玉に瑕と言ったところ。
「・・・・・・・・・・」
 しかしはやての頭の中は、これからのことで一杯だった。
 ゼロに、そしてゼーレの面々に、ロストロギアを使わせるわけにはいかない。
 祈願成就型でありながら、不完全という矛盾した存在。そんなモノを発動させたところで誰も幸せになんかなれはしない。ただ、言いようのない不幸を生むだけだ。
 なんとしても説得して、踏みとどまらせねばならない。
 でも、彼らはきっとこう言うだろう。
 自分たちならば上手くやれる。やってみせる! ・・と。かつて自分がそう断言したように。
 防衛プログラムを制御して、あの子の消滅を防いでみせると言い切った、あの時の自分と同じようにだ。
 不幸な結果が出ることが分かっているのにも関わらず、それに手を伸ばすことを自滅行為という。だが決まって当事者は、そうと理解しているにもかかわらず、それから目を背け、着実に破滅へと歩を進めていってしまうのだ。
 そんなことでは何も得られない。何も生み出せない。誰も幸せになんかなれっこない。そしてそれを一番に分かっているのは自分自身。だからこんな後悔ばっかりな人生を、他の誰にも歩ませるもんか。
 だからはやては、決意も新たに、両の拳を握りしめるのだった。

 そんな矢先だ。誰かが後ろから、はやてのことをギューッと抱きしめてきたのは。
「なんや? どないした。ヴィータ?」
 肩越しに振り向けば、はやての背中に顔を埋めるようにして抱きついたヴィータの姿がある。
 お風呂でじゃれ合って抱きつき、抱きついたりすることはよくあるが、この手を離したらどこかに消えてしまいそうだと言わんばかりに、しがみついてくるなんてことは極希だ。
 なんや、また深刻な顔してたかな?
 はやてはクスリと小さな笑みを浮かべ、ヴィータの手を握りしめてやった。
「大丈夫やよ。私は無茶なことなんかせーへん。絶対のタイや!」
 平手でペシペシとヴィータの手の甲を叩いてみせる。
「でも私だって心配なんやで。ヴィータさっきまでシグナムと本気でガチンコやっとったんやろ? 病み上がりいうのに無理し過ぎちゃうか?」
 はやてがゼロの支配下に置かれた所為で、守護騎士ステムであるヴォルケンリッターはゼーレの走狗と成り下がった。結果、ヴィータは大出力の砲撃魔法を解きはなった後、使い捨てられ、自ら中破させたニルヴァーナに飲み込まれることになったのだ。
 秒速十一kmに近い加速を続けていたニルヴァーナと、正真正銘の正面衝突だ。右腕が引き千切られる程度の怪我で済んだのは僥倖と言わねばならないだろう。
 そんな重傷を『完全復旧(シャマルによるシステム修復、ウィルスチェックを含む)』させたとは言え、調子を見るためにシグナムと本気でやりあうというのは度が過ぎるのではないか?
 はやてはそう咎めたのだ。
「そんなん関係ないやい」
 でもヴィータは、ムスッとした口調で彼女にしがみついたのだ。それは、まるで迷子になった幼子が、ようやく見つけた母親にしがみつく様を想起させるものだった。
 だが次の瞬間、はやては我が目を疑った。
 ヴィータの両手が上下に分かれて進み、はやての敏感な部分へと伸びたからだ。
「え? ちょ・・っとヴィータ? う、ヤンッ!」
 なだらかな腹筋とその中央にあるお臍。
 丸みを帯び始めた二つの胸。そしてその先にちょこんとあるサクランボ状の突起物。
 これらを触れるか触れないかという微妙なタッチで、ヴィータの両手が這いまわり、撫でさする。
 あまりに突然の出来事に、そして予期せぬ事態に、はやての思考は一気に停止状態。でもゾクゾクッと走る電流のような感覚に、小さな悲鳴を上げずにはいられない。
 普段は自ら仕掛ける立場だというのに、いざ自分が仕掛けられる立場になるとは夢にも思わなかったのか、はやては突然の事態に抵抗する事すら忘れ、ヴィータのされるがままになった。
「や、やめ・・・、やめてヴィータ・・ヤンッ!」
 やがて意志とは関係なく、押し殺した甘い吐息が漏れだそうかという時になって、突然ヴィータが、はやての体から手を離したのだ。
 とにかくそれは、全く予期せぬ突然の出来事で、
「え? えぇ? なに? なんや?」
 顔をほのかに赤く染めたはやては脱力し、ペタンと座り込んでしまった。そして事ここに至って自らの醜態にワタワタと慌てふためき、両肩を抱くようにして縮こまった。
「ヴィ、ヴィータのあほ〜〜〜〜っ」
 力のこもっていない批難は、だがヴィータには届かない。そしてはやては気がついたのだ。
 敷居の隣から身を乗り出すようにして、シグナムが二人を覗き込んでいることに! そして、そんな彼女とヴィータが互いに目配せしているではないか。
 刹那、はやての脳裏に閃光が閃いた。今の出来事の裏にあった事情に察しが付いたのである。
「あ〜〜〜〜〜っ! 二人してハメよったなぁ!」
「ヘッヘ〜ン♪ はやての可愛いとこ見れちった〜♪」
 いたずら大成功と言わんばかりに、キシシと笑みを浮かべるヴィータは、右手を腰に、左手を突き出すようにチョキしてみせる。その満面の笑みとヒラヒラ動くチョキが、この上なく小憎たらしい。
「いささか行き過ぎのきらいはあったが、仕方がない。
 先の一件は、確かに不幸な出来事だったようですね」
 そう言いながら、心底安心したとばかりに太平楽なことをいうシグナムに、はやてはカチンと来た。
「二人ともま〜だ疑っとったんかぁ!」
 何をどうすれば今の出来事が例の事件の裏付けになると言うのか。はやての憤慨は著しい。しかし目の前の二人はしれっとしたもの。 
「秘密の一つや二つ、女にはあって当然ですから」「そうだそうだ!」
 こんちくしょー。
 一人得心顔のシグナムと、果たして正確に意味を理解しているのか甚だ疑問なヴィータを、はやてはしっちゃかめっちゃかにしてやりたい気分になった。
 しかしそれをグッとこらえ、
「・・ってことはあるんやな? そういう二人にも、私には内緒の秘密がぁ・・・」
 半ベソのはやては、ささやかな反撃を試みた。
「いえまさか。将たるこの身に秘め事など」「右に同じ!」
 まるで青眼に構えた刀の切っ先で相手の斬撃をかわすように、シグナムは余裕の笑みで受け流してみせる。だが、そんな彼女に追従するヴィータに、本当に内緒の秘密がないと言い切れるのか、甚だ疑問ではある。
「嘘言えー! この目を真正面から見てからその台詞言わんかーい!」
 だからはやては、半ばやけっぱちな口調で噛み付くのだった。
 しかしそれがやぶ蛇だった。
「ではその言葉をそのままお返ししましょう。
 彼の者とデート、したんですね? 幾許かの下心も、欠片ほどもなかったと言い切れるんですね?」
 ズイとシグナムが肉薄すれば、はやては怯んで口ごもる。それが癪に障ったのか、二人が纏うオーラに剣呑なものが混ざり始めた。
「ち、ちゅーは・・あくまで不幸な出来事だったと」
「そこで言い淀むなよリーダー・・・」
 しかし色恋沙汰には意外にも初心だったのか、舌を噛むほどに言い淀むシグナムと、冷静に突っ込みを入れるヴィータである。そのやり取りは、息のあった夫婦漫才も斯くやと言わんばかりに絶妙だ。しかし態度こそ穏やかに映りはするものの、その実、腹の中では休火山の溶岩の如く煮えくりかえっているに違いないヴィータだった。その証拠に、目が微塵たりとも笑っていなかった。事故とはいえ、はやてのファーストキスをゼロが奪ったのだから無理もない。
 そんな怒り心頭なヴィータをして、大人しく白状しろと迫られる恰好になったはやては、
「だーかーらーっ、何度も口酸っぱくして言うとるやんか! 事故やったって!
 デートはアリサちゃんにそそのかされただけなんやーって!」
 何度も何度も口にした、定型文と化したきらいのある文句を繰り返した。しかし、いい加減この話題から離れたいというのもあってか、口調は幾分投げやりだ。
「そりゃーはやてだって年頃だもんな。デ・ェ・トの一つや二つ、経験しときたいって気持ちはよく分かるよ。うん。よっく分かる。
 けど、その後ろですずかさんが糸を引いてたってのが信じられないんだよねー」
 それでも腑に落ちないとヴィータ。テンションが下がったのを与しやすしととったらしく、少しばかり違った方向から攻めてきた。
「・・ッ! た、確かに興味ない言うたら嘘になるけど・・・。
 でも! すずかちゃんのアレは明らかに愉しんどった目やった! あの場で一番事態を引っかき回して、楽しんどったのは間違いなくすずかちゃんや! ウソちゃうで!」
 ヴィータの物言いに少しばかり詰まりこそしたものの、はやては大仰な身振り手振りで力説した後、ガックリ「女の友情ってのは・・・」と項垂れてみせた。
 そうして派手にショゲてみせるはやてに、少しばかりイジメ過ぎたか? とシグナムとヴィータが目配せした矢先、
「・・それで? そのちゅーした相手をこれから助けに行くわけなんですが、心の準備はオッケーなんですか? 我が主」
 はやてに問いかける第三の声が一つ、割って入ってきたのはそんな時だった。
「シャマル! お前いつの間に・・・」
 一時、部活終了後の部室(モチロン男子禁制)のような様相を呈し始めてていたその場に割って入ってきたシャマルは、タオル一枚体に巻き付けた格好で、私も仲間に入れてくださいと言わんばかりのにこやかな笑みを浮かべてみせている。
「だってー、みんなして楽しそうにしてるんだもーん。私だけ仲間はずれなんて寂しいじゃない」
 もちろんそれは建前で、つい先ほどまで、全力でガチンコバトルをやりあっていた守護騎士二人のケアのためである。
 しかしそんな彼女の心中なんか知ったことではないヴィータは、 
「うっせ。こっちが苦労してる間、向こうで茶ーしばいて、食っちゃ寝してた奴は仲間はずれだ」
 そんなあまりににべないヴィータの物言いには、流石の湖のように寛大な心の持ち主であるシャマルであっても角が立つ。
「ヴィ・イー・タ・ちゃーん。いい加減にしないとお姉さん本気で怒っちゃうわよ〜」
「うっせうっせ! この有閑マダム! イカズゴケーッ!」
 アカンベーして追い打ちをかけるヴィータ。
 果たしてシャマルが、切れた。
「ウフ。ウフフ、ウフフフフフ・・・」
 立ち上る物騒な気配を先んじて察したシグナムは、はやての腰と膝の裏に手を入れると、お姫様ダッコで脱兎の如く戦線離脱を図った。その直後、シャマル十八番の魔法『旅の鏡』の変形である拷問技、『千手魔陣』が展開され、ヴィータの四方八方にシャマルの手が現れ、取り囲んだ。
 旅の鏡の出口の座標を微妙にずらし、擬似的にシャマルの手が複数存在するように現出させる魔法だ。程度の低さにこそ定評ある魔法だが、拷問による効果は絶大だ。
「わ、バカ、ヤメれ! シャマ・・うひゃひゃ、やめ・・ぶはははは!」
 くすぐり地獄という拷問である。
「だ―め―。や―め―な―い――」
 ゲートに両手を突っ込んだシャマルは、情け容赦なくヴィータの体中をくすぐりまくった。
「あはは、あは! あは! やめて・・グヒャヒャヒャ・・・! ・・ッ」
 しかしそれにも限度言うモノがある。度が過ぎれば呼吸困難に陥り、悶絶させる事だって可能だからだ。だがシャマルは手を抜かない。執拗にヴィータの脇や足の裏などを攻め立て続けた。つまりここまでやるほど、彼女は怒っていたわけだ。

 ・・数分後・・・

 ぜーっぜーっと、体全体を使って荒々しく息継ぎをしているヴィータに満足したのか、
「さて、はやてちゃん。先ほどの質問。応えてください」
 両手をわきわきと動かして迫るシャマルに、はやては「暴力ハンタイ」とこぼしつつ、
「・・別にちゅーしたから助けに行くって訳じゃないんよ」
 と呟いた。
「心の中覗いて、わかったんや。
 ああ。この人は昔の私と同じなんやって」
「あんな出来損ないのヴェア・シュランゲが、はやてと同じわけねーじゃん」
「・・話の腰を折るんじゃない」
 ポコッとシグナムが小突くと、スライム野郎に負けが込んでるくせにとヴィータが返す。途端、二人の間に表へ出ろ。上等だと言わんばかりの雷雲が立ち上り始める。
 そんな二人をシャマルが諫めるに任せ、
「出来損ないかぁ・・・」
 と、はやてはポツリと小さく呟いてみせた。
「それ言うたら私も出来損ないやね」
 そんな事ないと言いよどむヴィータを制し、はやては続けた。
「ちょおでっかい(役立たずの)知識の固まりと蒐集行使っていう特殊能力持ってる『歩くロストロギア』なんて揶揄されてるけど、実際のとこ、十全に使いこなせないひよっこの女の子や。宝の持ち腐れ〜なんて笑う奴もおる。
 でも私は後悔なんかしてへんよ。せっかくあの子が私のために残してくれた力なんや。邪険になんかするわけない!
 ・・ってなんの話だったかな? ああそうや。レイ君の話やった。
 ・・うん。レイ君は昔の私に似とるんよ。なんにも持ってなかった、ヴィータやシグナムやシャマル、それにザフィーラが来てくれる前のただの女の子の時にな」
 はやては手を差しだし、ヴィータ、シグナム、シャマルの順に頭をなで、そして手をつないだ。
「あん時の私は捨て鉢やった。一人で漫然と、ただ何とな〜く生きとるだけやった。
 そんな時にみんなが来てくれたんや。それになのはちゃん、フェイトちゃん。すずかちゃんにアリサちゃん。友達もいっぱいできた。
 うん。世界が変わったよ。モノクロで味気ない世界だったんが、一気にフルハイビジョンの高画質に様変わりや。
 生きとるんやなぁ。これが幸せ言うんやなぁ・・って思うたんよ」
 キュッとつないだ手に力を込めて、彼女は微笑んだ。その笑顔はまさしく慈母のそれで、目の前にいる三人を、愛しとるよ〜と語りかけてくる。
「レイ君も同じだと思う。魔法生物言うたかて、お仲間が喜んでくれること。一緒に笑い合える瞬間を大事にしたいって思ってるはずや。愛してるから無茶するし、絶対に引けないんや。
 だからガムシャラに頑張って当然。頑張る方向がちょおあっち向いてるだけなんや。
 この気持ち、分からんとは言わさへんよ?」
 はやては繋ぐ手をギュッと握りしめ、三人を銘々、意地悪そうに見渡した。三人は思い当たるところがあるのか、一様に視線を彷徨わせて苦笑うばかり。
 そんな愛しい騎士達の態度に満足したのか、はやては一つ頷いてみせた。
「そんなわけで、私はレイ君の力になりたい。
 セフィロトなんて爆弾みたいなもんが怖いから、それに伴う被害がとんでもないことになるから言うて止めにいくんやないで。
 見つめる先がボヤケとるレイ君のホッペタひっぱたいて、目ェ覚まさせたるために行くんや!
 まさか爆弾が怖いから行きたないーなんて言う子は、ここにはおらんよね?」
 ニッとイジワルそうな笑みを浮かべるはやてを、どうして彼女達ヴォルケンリッター達が非難することが出来よう。
 彼女たちは、主であるはやての剣や盾である前に、家族なのである。そして家長であるところのはやてがやるといってるのだ。二の句が告げられるはずがない。
 でも次の瞬間、その思いは揺らぐことなる。なぜなら、
「袖すり合うも多生の縁言うしな。
 ・・そ、そりゃ、ちゅーは、袖すり合うどころじゃないアクシデントやったけど、縁っちゅーんはそうやって絡むモンやし・・んと・・・」
 人差し指同士を突きあわせるはやての声は、最後の方になればなるほど、ゴニョゴニョと尻すぼみに小さくなって聞こえなくなっってしまったからだ。
 そんなオンナノコ女の子とした主の姿を見るに付け、どうしたものかと不安に駆られはしたものの、守護騎士達の心は決まるのだった。
「分かりました。我が主よ」
「我らは御身の前に。常に付き従います」
「貴女が望むこと、成そうとすること。
 それら全て、我らヴォルケンリッターが助勢します」
「「「我らが剣は、夜天の王、御身のために」」」
「みんな・・・」
 跪き、頭を垂れる三人に、はやては「ありがとう」と目頭を熱くしながら呟くのだった。

「・・えへへ。これでこの話はチャラやね・・・」
「いえ、それとこれとは話が別です」
「そうだそうだ。いい話して煙に巻こうなんて、さっせないぞ〜♪」
「それでそれで? はじめてのちゅー。どうだったんですか? わくわく」
「あーっもう! 女子学生かアンタ達わ!」
「逆ギレしたって無駄ですよ〜。さ、はやてちゃん。赤裸々に、全部話してください♪」
「さあ」
「さぁ、さぁ」
「ううう・・・」
 はやてがヴォルケンリッター達におもちゃにされたのは、後にも先にもこの時だけで、後にはやてはシモーネを相手に力説するのだった。
「私の認識が、間違ってました!」と。



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