魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



   ◇

 空気を循環させ、室温を一定に保つサーキュレーターの放つブゥーンという低く轟く音を背景に、男が一人、マクシミリアン・アンベールが立っていた。いや、正確には二人である。
 今彼の目の前には、ボクシングでいうところのファイティングポーズを採っているザフィーラの姿があった。
 この珍しい取り合わせが今何をしているかといえば、模擬戦闘の真っ最中。
 片やチャンピオンの如く悠然と。片や一方はチャレンジャーの如く、闘志をギラギラと燃やし、どう攻め込もうかと算段を練っているといった様子である。
 ザフィーラには傷つけれた矜持があった。それは、一度は捉えたはずの輩を、強引な力業によって取り逃がしたという失態によるモノだ。
 そんな彼の思うところと、不肖の弟子に重荷を背負わせるだけでは些か心苦しいアンベールの思惑とが重なり、この不可思議な模擬戦が実現したという次第である。
 しかし、睨み合いが始まってから既に三分が経過。両者は睨み合ったまま動かなかったのである。
 だが、いつまでもそうしているわけにはいかない理由がある。だからチャンピオン的立場であるアンベールが、先頭切って動いたのだ。
「子供のお遊びじゃないんだ! さっさと仕掛けてこんか!」
 ところで、ザフィーラは寡黙な性格である。クロノやユーノ。さらには高町家の男衆が集まり、ささやかな酒宴が開かれれば、酒の力も手伝って、朗らかな笑みを浮かべることがままあったりする。だがしかしそれだとて極めて稀な出来事なのである。
 そんな鉄面皮が、アンベールと何で気心の知れた仲と思うことが出来ようか。
 そもそもアンベールからして、ザフィーラのような堅物とは反りが合うわけがない。と常日頃から、嘯いていたりするのだ。
 したがってこの模擬戦は、終始険悪な雰囲気の元に、互いの得意とするバインド系、および近接による格闘戦になると、誰もが思っていたのである。
 しかし蓋を開けてみれば、それは一瞬の出来事だった。
 アンベールが、手持ちのデバイスであるピラーホイールを起動し、ザフィーラに肉薄した瞬間、ザフィーラが予め設置しておいた罠系のバインド(爪先を引っかけるような稚拙なもの)に、あっさりと引っかかってしまったからだ。
「・・・・・・・・」
 拍子抜けも良いところである。
 これには、この模擬戦をモニターしていたギャラリーからヤジ――主に金返せ的なモノ多数――が飛び交ったのだが、むしろアンベール自身の方が、ふざけるな! と声を大にして叫びたかったことだろう。そしてザフィーラは、ヤベーよ怒られるよどうしよう。とビクつくワンコよろしく、頭頂部の耳をペタンと伏せ、倒れ伏しているアンベールの背を見おろして固まってしまっている。
「ア、アンベール捜査官・・・?」
 だからザフィーラは、恐る恐るといった声音で問いかけた。
 しかしである。
 構えを解いて、アンベールを助け起こそうと近寄ったザフィーラの目の前で、アンベールの姿が紙の札の塊へと変化し、バラバラと飛び散り消えてしまったのだ。
「なッ!」
 それに気づいた時には既に遅い。ザフィーラの体は見えない何かによってガッチリと捕らえられていた。
――これは・・・! 一体何だ? 解呪出来ないッ!
 ザフィーラは、直ぐさまバインド系の対抗プログラムをいくつか併走させて走らせた。しかしその事如くが弾かれ、用を為さない。
――そうか。これが呪術的効果を生み出すという・・・。
 そう。これこそがアンベールが身につけた、第四三管理世界『羅玖紗殷』にて連綿と受け継がれる呪術的な効果を生み出す呪符システム。『黄華五葉』式の捕縛結界陣だったのである。
「・・変に動くと、余計に絡んで絞まるぞ。無理すんな。
 どうだ? 黄華五葉の木が三、応用の六、変化の七。捕縛双蓮陣は?」
 ザフィーラの耳にアンベールの声が轟き響く。しかしてその声は、模擬戦用にと割り当てられた格納庫スペースの脇にある通用口の前から放たれていた。そこでアンベールは、口元にニヤニヤとしたイヤらしい、皮肉をたっぷりと含んだ笑みを浮かべてたたずんでいたのである。
 それを見たザフィーラは全てを理解した。つまり模擬戦を開始する以前から、アンベールの姿形をした人形を相手にさせられていたということに。
「ミッド式と黄華五葉式ってのは、相反する技術体系でな。通常では相殺しあって、まともに走らせることは出来ねーんだが、魔力素を使うという点では同じであることに代わりがねー。
 ってことで、俺はリンカーコアにチョイとした仕掛けを仕込んで、この問題を解決したって訳だ」
 アンベールは上機嫌で、微塵も体を動かせないザフィーラに歩み寄る。その途中、パチンと指を弾いてみせると、ザフィーラを縛っていた拘束がスルリと解除された。
 その刹那、ザフィーラの目に何か異様なモノが映って見えた気がしたのだ。
 それを奇異な視線で見つめる彼にアンベールが語りかける。
「・・しかと見たか? ザフィーラよ」
「・・今のが黄華五葉式の呪符システム・・ですか・・・?」
「そうよ。羅玖紗殷(ラクシャイン)の連中は語連虫(ゴレム)と呼んでる。
 五葉の根幹を成すプログラムコードと思っても構わん。詳しい説明をすると日が暮れちまうんで省くが、こいつをリンカーコアの脇で生成し、ミッドのプログラムに織り交ぜる様にして走らせてるわけだ。理解しろとは言わん。感覚的に、分かるだろ?」
 身を起こしたザフィーラの目の前に、ヤンキー座りしながらアンベール。
「・・それはベルカ式でも・・・?」
「言ったろ。同じ魔力素を使ってるんだ。ミッドだろうがベルカだろうが同じ事よ」
「・・随分と乱雑な説明ですね。感覚的どうこう言うより・・・」
「・・気にすんな。性分だ」
「我が主が常日頃、貴方の悪態をつく理由の一端が分かった気がします」
「そうかよ」
 胡座をかいてひどく得心したような態度のザフィーラに、アンベールはケッと唾棄するように嘆息ついてみせた。しかしその顔は、嫌悪のそれではない。
「まあ良い。とにかく時間がねーんだ。とっとと持ってけ」
「・・感謝します」
「八神にはこんなサービス、二度としねーと言っとけよ」
「・・屈折してますね」
「ほっとけ!」
 ザフィーラが口にした珍しい冗談に、アンベールは吠えるようにして切り返した。
「ああ、それと、こいつはリンカーコアに穴開けるのと同じだ。だからこの前の騒ぎ同様、ウィルスなんかの枝が付きやすいって問題もある。まあそこら辺はお前や、金髪の姉ちゃん(シャマルのこと)がファイアーウォールとしてしっかりせきとめれば良いだけの話だし、昨日の今日だ。防疫には人一倍気を使ってるんだろ? ・・っと、いけねぇ。話し込んじまったな」
「いえ。・・貴方に、最大の謝辞を」
 そんなアンベールに恐縮しながら、ザフィーラは彼の胸板に手をかざしてみせた。
「蒐集」

 こうしてはやてはザフィーラを通して、群体という独特の特性を持った厄介な相手、ゼーレの面々を捉える術を手に入れたのである。

   ◇

 コツ。コツ。

 固い金属の上を歩く複数の足音が響く。
 その者達は皆一様に無言だった。

 コツ。コツ。コツ。

 足音は一定のパターンがあり、歩幅の狭い女性のものと、それより遙かに体重が軽い子供のもの。そしてノッシノッシと歩く男のものが入り交じっていることが容易に分かる。

 コツ。コツ。・・コツ。

 歩いているのは三人。
 一人はシモーネ・アルペンハイム。
 今一人は八神はやて。
 そして最後の一人は、アンベール・マクシミリアンだ。
 三人が向かう先は、厳重に保管し直した遺失捜索物『セフィロトの枝片』が納められている格納庫スペース。そして言葉を交わさないのは、シモーネが固く口を閉ざし、足早に歩くせいだ。
 そんなシモーネの態度に思い当たるところがあるため、後をついて歩く二人は声を掛けづらくしていたのである。
 シモーネは、時空管理局に籍を置く提督にしてニルヴァーナの艦長である。どのような事態に遭遇したとしても、これに乗り組む乗員の身の安全を第一に考慮すべき立場にある。
 だからアンベールが提案した計画に対し、いの一番に反対を唱えたかった彼女ではあるが、立場上、それが出来なかったのである。はやてにセフィロトの枝片を持たせ、ゼーレの面々が(まず間違いなく手ぐすね引いて)待つという邂逅地点へ、半ばスケープゴートとして送り出すというその計画にだ。
 セフィロトがその封印を解かれれば、このランスベルクという時空間に留まる限り、どこにいようが安全な場所というモノは存在しない。だが数%と言えど、安全率が上がるのであればそれを考慮せずにはいられない。また、如何に乗組員からの上申を受けようとも、それを受理することも許されなかったのである。
 そんな立場にあるシモーネの心中が痛いほど分かる二人が、どうして声を掛けられるというのか。
 しかし、そこははやてを実の娘のように接してやまないシモーネである。如何に足早に歩いていても、はやてが付いていけないほどの歩調にはならなかったのだ。

 コツ。コツ。コツ。・・コツ。コツ。

 そんなシモーネの後を、チマチマとした足取りでついていく騎士甲冑姿のはやては、親鳥の後を必死についていくカルガモの雛を想起させて仕方がない。故に、そんな二人の後を追うアンベールは、苦笑を堪えるのに一苦労するのだった。
――不謹慎ですよ。アンベール捜査官。
 そんな彼に向かって、非難の色の混じった思念通話が届けられてくる。送り主はもちろんシモーネである。
――いやだってよ、いつも小憎たらしい不肖の弟子が、こんな幼年学校に上がる前のガキンチョみたいに必死になってるのは、どうも・・ね。
――・・そうでしたか。てっきり少女趣味にでも目覚められたのかと・・・。
「カンベンしてくれよ!」
 シモーネの余りに見当違いな指摘に、アンベールは思わず声を荒げてしまった。
 なんだ? なんでそうなる? 俺は至って正常だ。八神みたいな小娘に欲情するほど飢えてない。いやそもそもそういう目で見る対象はアンタの方であってな・・・!
 ○・二秒ぐらいの僅かな合間に、そんな言い訳じみた思考を巡らしつつも、思念通話をオンラインにして、ダダ漏れにするなどという失態を犯さないあたり、年の功といったところか。
 しかしそんな二人の間で、内緒話が交わされているとは知らないはやては、突然あがった背後からの大声に目をパチクリさせる。そして直ぐさま、街中で挙動不審者を見てしまったかのように視線を反らしてみせるや、彼と距離を空けるためだろう。はやては小走りでシモーネに駆け寄り、寄り添った。
 その一連の行動に、アンベールは面白いように顔色を代えてみせたものだ。
 何でもねーよ。シッシッ! と、邪険に手を振ってみせ様とした矢先、機先を制されてしまったからだ。教育係の威厳もなにもあったモンじゃない。
――・・カ、カンベンしてくれよ・・提督。俺に、そんな趣味はねーぞ!
 だからシモーネとの間に再度繋がれた思念通話の声は、手に取るようにブルブルと震えているのがわかるのだ。
――あらそうでしたか。私ははやてさんのお尻を凝視して、ニヤついていたように見えたものですから、てっきり・・・。
 クスリと苦笑しながら返してくるシモーネのそんなイジワルな返答に、アンベールは再度、カンベンしてくれと呟き返すも、それ以上申し開きすることはしなかった。この程度の意趣返しで済むのなら、安いものだと思ったからだ。
 しかし仕返しはそれだけでは終わらなかったらしい。前を歩いていたはやてが、突然飛び上がらんばかりの勢いでパッと距離を取るや、顔を赤らめて両手でお尻をガード。そしてモノスゴイ勢いで、蔑むような目線を放ってくる。
「おっちゃん・・ものごっつ見損なったでェ・・・」
 その一言で、シモーネと思念通話が途切れた一瞬の間に、二人の間でどんなやり取りがされたか悟ったアンベールは、
「ちがう! おれはそんな下卑た趣味趣向なんざ持ち合わせてねー! 勘違いすんな八神! それに手をつけるんなら、もっと早い段階で・・・!」
 しまった! 俺は何を口走ってるんだ! と舌打ちしたが既に時遅し。
「おっちゃんにそんな趣味があったなんて・・・」
 はやてはヨヨヨと泣き崩れるような仕草でシモーネにすがりつくや、ヤメテヨシテサワラナイデアカガツクカラッ! と言わんばかりの忌避の表情を作るなり、
「あんなおっさん放っといて、さっさと行きましょう」
 いけしゃあしゃあと云い放ってみせたのだ。
「そうですね。さっさと行きましょう♪」
 そしてシモーネもまた、まるで歌でも唄うような口調でそれに同意してみせる。更には打ち合わせ済みだったかの如く、二人はスキップするみたいな足取りでタッタカと歩み去っていくではないか。
 嵌められた・・・。
 そんな二人の鮮やかな連係プレイに、ガクリと膝をつき、固い床材を滂沱の涙で泣き濡らす中年オヤジが一人、その場に取り残されるのだった。

「ちょっと、イジワルが過ぎましたかね・・・?」
 ようやく気まずさから解放された二人は、まるで本当の仲良し親子のように、繋いだ手をブンブン振り回しながら歩を進めあった。
 そして幾ばくかの罪悪感に苛まれたシモーネが小さく吐露すると、
「えぇんです。構いません。
 たまにはあれぐらい仕返ししたって、バチは当たらにゃーです」
 と、満面の笑みのはやてが答えてみせる。その笑顔は本当に嬉しくって仕方がないといわんばかりに光り輝いていたので、流石のシモーネも思わず、そうですね。と得心してしまう。
「それじゃぁ、仕方にゃーですね」
 クスッと笑顔を作ると、只でさえ細いシモーネの糸目が更に細くなる。でもはやてが気に掛かったのは、シモーネが自分の言葉尻を捉えて、ふざけてみせてくれたことだった。それが、さっきまでごめんなさい。という彼女の謝罪の意が込められていることに気づくと、だらしないぐらいにホッペがぐんにょり弛んでしまうのだ。
「・・エヘヘ。にゃーです♪」
 にゃーにゃー。
 だからはやてはにゃんこの口まねをして、大好きなお母さんの手にギュッと縋り付き、そんな風にして甘えてくる可愛い我が子をギュ〜ッと抱きしめたい衝動に駆られるシモーネなのであった。
 だが現実はいつだって残酷だ。
 他人が割ってはいる余地なんかこれっぽっちもないほどに、ラブラブな二人はいつの間にか、セフィロトの枝片が納められている格納庫スペースの前に到着してしまったのだから。
「・・・・・・・・・・」
 二人とも公私混同はしないことを、モットーとしている。
 それでも、もう少しこのままでいたい。この幸福な一時を、今しばらく甘受していたい。と思って当然の場面だった。実際、そう思っていたとしても、誰も咎めはしなかったことだろう。
 だがしかし、二人はゆるゆるとした緩慢な動作で、お互いを引き離すようにして、半歩ずつ距離を取り合ったのだ。ものすごく名残惜しそうにしながらも・・だ。
 こんなにも心が通いあっている二人だ。養子縁組なんて話が上がって然るべきなのに、そんな話は終ぞ上っていない。何故なら、それが実現出来ない儚い夢だとどちらもが理解し合っていたからだ。
 はやてはその身に背負った宿命が故に。
 そしてシモーネは、親友のリンディにさえ明かさぬ秘密があるが故に・・・。

「そんなこと、関係な〜いじゃない〜」
 たまたまリンディ、レティの二人と空いた時間を共有できる機会があり、ここしばらくの現状の報告やら世間話を交わした後、はやてとの関係を問い詰められたシモーネは、出来ない理由があるのだ。と諦めた口調で二人に語ってみせた事があった。
 するとリンディが、アルコール臭い赤ら顔をズズイと近づけ、
「なぁにぃそれ〜? そんなにラブラブな関係だってのにどうして〜?
 ウチのフェイトなんて(養子になって)二年も経つのに、ま〜だどこかぎこちないのよ〜。も〜った〜いな〜い」
「まったくよ、シモーネ」
 と相づちを打つのはレティだ。酒癖の悪さはレティの方が上なのだが、先にメートルをあげてしまったリンディに後れをとる形になった彼女は、いみじくも自制しているらしい。親友を思うリンディの手前、自重しようという考えもあったのかもしれない。
「あんないい子、養子縁組の話は多くはないけど、あることはあるのよ。貴女の手前、私の一存で揉み消してるんだから・・・!」
 そんな二人の心遣いに痛み入りながらも、シモーネは「ごめんなさい」と小さく俯きながら謝罪してみせるのだ。
「でも、ダメなのよ。私と一緒になれば、あの子は背負わなくて良い面倒事を背負い込むことになる。ただでさえあの子の周りには不穏な空気に満ちているのよ。この上、私の面倒事まで・・・」
 懊悩するシモーネの態度に二人は、煮え切らないわねぇという目顔で頷きあったものだ。
「・・貴女の過去にとやかく言うつもりはないけど、それだって、二人で話し合えば済む問題じゃないの? はやてちゃんの身の上以上に面倒な話なんて、早々ないと思うんだけど・・・?」
 レティのその口ぶりには、管理局の人事の最奥まで関わることが許されている彼女でさえ、シモーネの過去を知らないことを裏付けている。親友の友人の秘密をおいそれと暴きたくないという個人としての思いも当然だが、管理局の公的資料にさえ、その出自などといった個人情報が不鮮明に記されていて判然としないというのが、その主な理由だ。
 どこかの時空間から亡命してきた高官、公人なのかもしれない・・・。
 ミッドチルダ文明圏に亡命――もしくは潜伏――しているそうした重要人物は、グロス単位で存在するという。
 彼らは、政変によって元いた世界から追放された独裁者だったり、後継者問題によって難を逃れてきた皇族だったりと、多種多様な背景を背負っている。そんな人生の汚点とも云うべき過去を、厚顔無恥にも公にできる人物であるならば、亡命政府などといった公的、政治的手段に訴えて事を構えるのが世の常だ。
 そしてそんな連中のお仲間かもしれないと目されているシモーネがそうしていないのは、その素性を明らかに出来ない事情があることは明白で、例えレティであっても、おいそれと踏み込んで良い領域ではなかったのである(それに反して『静かな微笑みのアイアンメイデン』などという通り名を持つほどに、勇名を馳せているのは、一体どういう理由なのか?)。
「・・そうね。あの子が背負ったものに比べたら、私の問題なんて爪の先ぐらい、小さなものかもしれないわね・・・。
 でも・・それでも、ダメなのよ・・・」
 そのまま泣き崩れてしまいそうなシモーネを気遣った二人は、それ以上、この話題に踏み込むこもうとはしなかった。二人が思う以上に、シモーネが抱えている問題は根が深く、容易に立ち入って良いものではないと、改めて思い知ったからだ。

 格納庫スペースの前に立ったシモーネとはやての二人は、互いを自分の瞳に写しあうようにして見つめあっていた。
 二人は、血の繋がった親子ではない。
 でも心は、これ以上はないくらい通いあっていた。
 二人は、全く違う世界で生を受けた、全くの他人である。
 でも周りからは、羨むほど仲睦まじい親子の様に映っていた。
 二人は、こんなにも近い距離にいながら、互いに厚い壁を築き合っていた。
 でも周囲の人間にとって、それは些細な問題にしか映らなかった。
 だから二人は、身を寄せ合うことを由としないのだ。近づけば近づくほど、やがては相手を傷つけることになるのが分かっていたからだ。
 それは正しくハリネズミのジレンマだった。
 見つめ会う二人の視線は、残り少ない逢瀬の時を惜しむ恋人達のそれか、はたまた、二度と触れあうことの出来ぬよう、離れ離れにされる親子のそれ。
「・・ごめんなさい。貴女にばかり辛い思いをさせて・・・」
「んなことないです。自分で決めて、自分の足で歩いてるだけです。
 おか・・シモーネ提督が責任感じる事なんて、これっぽっちもないですよ」
 一瞬言葉に詰まり、言い直すはやてにシモーネの心は折れそうになった。でもそれは出来なかった。して良いわけがなかった。はやての気遣いを無駄にするような愚行を、犯してはならないからだ。
 だからシモーネは、キュッと唇を真一文字に引き結び、
「本当に・・ごめんなさい・・・」
 押し殺すように呟いたのだ。そしてはやても、寂しそうに微笑み返すのだ。
「平気ですって。
 ・・その代わり約束してくれますか?」
「・・約束・・・?」
 はやてのそんな不意の申し出に、首を傾げてみせるシモーネ。
 そしてはやては、それまでとは打ってかわった毅然とした態度で、
「私が帰るこの場所を、ニルヴァーナを護るって。決して沈めないって」
 そう、シモーネに告げたのだ。
 そしてシモーネは、目を見張ったのだ。
「はやてさん・・貴女気付いて・・・!」
 今、ニルヴァーナが直面している問題は、何もセフィロトによる時空間災害の危険性だけではない。時空間閉鎖の裏に隠された、錯綜する様々な思惑だ。それらはともすれば、第三勢力として介在する可能性を孕んでいた。即ち、時空管理局内部で噂される『意志決定機関』による武力介入である。
 いま直面しているゼーレ等によるセフィロトの問題は、刑事事件として解決すべくはやて達が動いている。しかし意志決定機関は国連の平和維持軍よろしく、武力(暴力と言い換えても良い)によって鎮圧しようと図ってくるだろう。
 場合によっては反抗勢力として、ニルヴァーナは『処理』される可能性もある(それは口実で、本当の目的ははやての暗殺かもしれない)。もちろん問答無用で撃ってくるようなことはないだろうが、それに近しい行為を行ってくることは十分に考えられた。
 そして聡明なはやては、シモーネの腹の内を正確にとらえていたのだ。
 つまり、セフィロトを預けるという危険な役目を押しつける一方で、余計な邪魔が入らないよう、気懸かりなくゼーレの面々と渡り合えるよう、ニルヴァーナを固着させ、防衛ラインを引かんとするその意図をだ。
「提督は優しいですから。いっつも私にちょお面倒が掛からんよう、心を砕いてくれてます。そんな人の考えてる事なんて分かりますよ」
 ほにゃっとした笑みを浮かべる一方で、
 危険と判断したら、私たちのことは見捨てて、撤退してください。
 はやての瞳は、そう雄弁に物語ってみせていたのだ。
 そこに悲壮な決意は存在しない。自分の為すべき事を理解し、それを全うせんとする戦士の決意の目だ。
 本当に、この子は・・・。
 だからシモーネは、やれやれといった体で溜息を付くと、真摯な眼差しではやてを見つめ返したのだ。
「・・なら、私もはやてさんに約束を」
「? なんです?」
 小首を傾げたはやてに、シモーネは訥々と語ってみせた。
「貴女も、決して無茶なことはしないと、約束してください。
 何もかも背負う必要なんてありません。投げ出したって構わないんです。
 例え貴方が犯した罪で、その所為で世界中が貴女の敵に回ったとしても、私は・・私だけは、貴女の味方でいますから・・・。
 だから・・無事に帰ってきてください・・・」
 まるで徴兵され、戦地に赴く一人息子を送り出す母親のようなその台詞は、かつて彼女が同じような場面を経験しているような悲愴さがあった。
 そんな、思いがたくさん詰まった瞳で見つめられて、はやては視線を反らすことが出来なくなってしまった。いつものように「平気ですよ」と言えなくなってしまった。
 こんなにも心の底から心配してくれる人の思いを、軽々しく受け止めて良いはずがないのだから。
 そしてはやては、右手を差し出してみせたのだ。
 軽く握った右手は、でも小指だけ、突き立てられている。
「・・指切り・・でしたっけ・・・?」
 それを見たシモーネが、苦笑するように微笑んでみせれば、
「うん!」
 と、元気よく答えてみせるはやてがいる。
 そして二人は、互いの右手の小指と小指を絡ませあって、誓いの文句を唱えあう。

 指切りげんまん
  ウソついたら針千本
   飲〜ます

 でも次の瞬間、二人はそれが当然のように互いを抱きしめあったのだ。
 この温もりを忘れないように。
 この優しい匂いを忘れないように。
 この幸せな瞬間を、片時も忘れないように。
「・・がんばって、らっしゃい・・・」
「はい」
「気をつけて・・・」
「ハイ」
「無理は・・しちゃうか・・・」
「努力、します」
「本当に?」
「・・ほんまや」
「本当に本当?」
「ほんまの・・ほんま! 信じたって」
「・・わかりました・・・。じゃ、いってらっしゃい」
「はい。いってきます!」
 元気にそう言い放ち、母親の懐から離れた愛娘は、振り返ることなく格納庫スペースから飛び出していった。
 確かな足取りで、迷いなく、まっすぐに。
 そんなはやての後ろ姿へむけて、シモーネはただ一言、
「無事に戻ってきてね。はやて・・・」
 そう小さく呟いて、見送ったのだった。

   ◇

 テケテケ。

 小柄で、体重の軽い彼女が歩くと、固い金属質の床は、どうしたって間抜けな音を響かせて反響する。

 カッカッカッ。

 対してあの人は、カッコイイ小さめの腰のラインを伴って、革靴の音も高らかに颯爽と歩いてみせるのだ。それを少女は、一種の羨望の眼差しでもって見つめたものだった。
 しかし今の彼女の目の前に、その姿は存在しない。

 テケテケテケ。テケテケテ・・・。

 普段であれば、それほど気にするようなことでもないのだが、今だけは、何故か無性に気に掛かって仕方がない。
 おセンチになっとる所為やろか・・・。
 はやてはそう心の中で呟いてなお、歩を進め続けた。立ち止まっている時間的の余裕は幾許もなかったからだ。向かう先は、ニルヴァーナのブリッジである。

 テケテケ。
 テケテケテケ。
 テケテケ。
 テケ。
 テケ・・・。

 次第に歩調がゆっくりになったのは、ブリッジが目の前に迫ったため。そして、少しばかり気持ちの余裕がほしかったため。
 目、赤ぅなっとるよね。きっと・・・。
 シモーネに見送られ、格納庫スペースから飛び出したは良いものの、何故だか止め処もなく涙が溢れて仕方の無かったはやては、泣き腫らして赤く染まる目元を、家族であるヴォルケンリッターの面々に見せるには少しばかり気が引けたので、逡巡してしまったのだ。
 でも、提督と二人っきりにしてくれたってことは、こうなることは織り込み済みやよね。あの子達、変に気ぃつこてくれるし・・・。
 一人、そう結論づけたはやては、スーハーと大きく深呼吸を一つして、自動扉のセンサー領域に歩を進み入れた。
 シューン。
 静かな音を立てて、ブリッジと通路を隔てる扉が横に開かれた。

 サワサワサワ。

 独特の緊張感漂うその空間。ニルヴァーナのブリッジは艦内の統制に心血を注いでいるセインらと、ランスベルクの状況を観察しているクリスらの二つのグループに分かれて、静かな戦いとも言える喧噪に包まれていた。
「左艦首の隔壁、電源などの完全シーリングを確認しました。魔力素流動器(コンダクター)のバイパス処置完了まであと六○○の予定。復旧作業の遅延二%です」
「ら、ランスベルク地表面。指定ポイントのてん・・天候、えっと・・現在のところ快晴。地磁気、重力値、と、共に異常なし。
 ・・本当にこんな何もないところでやるのかな? しょ、昇華の儀式・・・」
「武装隊A班、B班各員はブリーフィングルームへ。プリブリーフィングを始めます。
 ・・っと、向こうから言ってきたんだよ。やるに決まってるじゃん!」
「で、でも、こうも静かだと・・・」
「・・私語は慎め、二人とも。
 シンシア。ガーフィールドのグループの作業効率が落ちてきてる。疲れが出てるんだろう。どこか他の部署から何人か廻せないか調べて、交代させてやってくれ。それと武装隊の連中にも、食える時に食っとけとな。ガス欠の役立たずを養っとく余裕はないともな!
 クリス。地表だけ見てたってしょうがないぞ。太陽フレア、特異点反応。惑星外の外的要因って可能性もある。シーカーを飛ばして周辺宙域の気象観測もやってみてくれ。やり過ぎにやっておいて損はないはずだ。あとで槍玉に挙げられるよりはマシだろうからな」
「「・・りょ〜か〜い」」
 シモーネ不在時の艦長代理として、セインがクリスとシンシアの私語を認めないとばかりに指示を出す。そしてその指示内容に、二人は涙目になりながら取りかかるのだった。

 そんな静かな戦場から少しばかり離れたそこ。
 ブリッジ脇にあるゲストスペースに、はやての忠臣たるの四人が、思い思いの姿勢で集っていた。
 瞑目し、壁にもたれかかるシグナム。
 その隣で、何事か囁きあっているのはヴィータとシャマルだ。
 そして彼女達の足下では、ザフィーラが獣形態で丸くなっていた。
 そんな家族の元へ、ブリッジの面々に迷惑が掛からないよう気遣いながら、テケテケと近づいたはやては、しかし四人には気付かれない様、出来るだけ小さくスン。と鼻を啜り上げた。
「待たせたか?」
 騎士甲冑に身を包むはやては、凛と咲き誇る白百合のイメージがよく似合う。しかし、少しばかり目の下を赤くしている今の姿は、年相応の可愛らしいスズランか、釣鐘草のように映ってみえる。
 そんな可憐な主の姿を捉えたヴォルケンリッターの面々は、少しばかり目を見張り合ったものだ。でもだからこそ、気持ちも新たに引き締め合ったのは言うまでもない。
 しかしそんなしょげ気味のはやてを気遣って、近寄ってなつくのは、いつだってヴィータの役目である。今回も例外はなかった。
「ん〜んぜ〜んぜん。はやてこそシモーネ提督に、もっと甘えてきても良かったんだぜ。
 あ、お腹の方は平気か?」
 しかしヴィータの考え無しな発言に、ゴツンとグーをお見舞いするのは、いつだってシグナムの役目である。今回も例外ではなかった。
「バカ。もう少し気の利いたことを・・・」
「・・ってーなぁ。イイじゃんかよ」
――提督と触れあえば、それだけ主が傷つく結果になるということを、知らない訳じゃあるまい?
――んなの分かってらい! 分かってるけど・・悲しいじゃんかぁ!
 聞き分けのない、子供らしい短慮な意見である。だがシグナムだって、十二分に納得しているわけではないのだ。だからだろう。彼女はそれ以上強く言えないでいた。
 そうして犬猿の仲のように睨み合い、呻りを上げる二人を仲裁するのは、いつだってはやての役目なのである。今回も例外ではなかったのだ。
「ハイハイ二人とも。えーかげんその辺にしとこな。それとも二人揃ってお尻ペンペンがえーか?」
 ホンワカ笑顔から一転、突如、ギラッと目を光らせたはやてのその気迫に、ヴォルケンリッターの前線組は震え上がった。
 やるッ! はやてなら絶対に、やるッ!
 それも朝の出勤時間帯、最も人の往来が激しい管理局のメインシャフトで!
 その光景を思い浮かべたのか、二人は顔色を青くし、そしてゴクリと生唾を飲み込んだ。そんな目にあおうなろうものなら、社会的に抹殺されたも等しく、二度と管理局の往来を歩けなくなる事、必定だ。それ以前に、羞恥のあまり、二人とも引き篭もって一生を過ごすことになるかもしれない。
「っませんでした!」
「自重します!」
 だから二人は、腰から九十度折って、頭を垂れてみせたのである。
 特捜は体育会系。
 そう揶揄される理由の一端が、垣間見えた瞬間でもあった。
 そうして頭を下げる二人を、満足げに見つめるはやては、
「ん。ほならええんや」
 と、鷹揚に頷いてみせた。しかしそのやり取りが、あまりに滑稽に映ったのか、ブリッジのそこかしこから、押し殺したような失笑が聞こえてくる。だから前線組は、今度は恥辱に顔を赤く染め、プルプルと震えて耐えるのだった。
「ありがとな、ヴィータ・・・」
 しかし、そうして平身低頭しているヴィータとシグナムを、ちょっとイジメすぎたかと自嘲気味に微苦笑したはやては、ヴィータの肩に手をやると、やおら優しく包み込むように抱きしめてみせた。
「は、はやて・・・?」
 あまりに突然の出来事に、戸惑いを隠せないヴィータ。自分もはやての体に両手をまわして良いものかと、逡巡しているのがその証拠だ。
「お腹の方はもう平気やよ。シモーネ提督にお薬(生理用鎮痛剤のこと)もろたから。
 ありがとなぁ。また気ぃ使わせてもーた。んで、ごめんなぁ。私ばっかり充電してもうて・・・
 本当はヴィータだってこうして甘えたかったんやろ?」
 ほんわか笑顔を浮かべたはやては、改めてヴィータをギュ〜ッと抱きしめ治した。そんなはやてに、最初の内こそ「そんなんじゃないやい!」と突っぱねて強がるヴィータではあったものの、終いにはされるがまま、大人しくなってしまった。
 そう。はやてとシモーネの関係は、取りも直さずヴィータとはやての関係でもあるのだ。だからはやては、シモーネとイチャイチャして(笑)得てきたパワーを、ヴィータにもお裾分けしようと考えた訳だ。
 でもその考えはちょっとだけ、的を外れてもいたのである。なぜなら幸せとは、より多くの人間と分かちあい、共有することで、何倍にもいや増すことが出来るのだから。
 その証拠に今のヴィータは、まるで迷子になった幼稚園児がようやく見つけた母親にしがみつく様そのものだ。だからそんな彼女を慈しむように抱きしめるはやてはこの上なく幸せそうで、そんな二人を見つめるヴォルケンリッターの面々も、やれやれという表情を浮かべはするものの、家族の絆を認識することで、幸せを享受しあっていたのである。
 主はやてに仕えたこと。それが我らの最高の幸福だ。
 シグナムは心の中でそう独白する。フッと隣に視線を動かせば、シャマルも同様の事を考えていたらしい。だから二人はどちらともなしに、面はゆいと言わんばかりに苦笑を交わしてみせたのである。
「みんなもギュ〜ッてしたろか〜?」
 そんな二人のやり取りを端目に見ていたのだろう。はやてがそんなことを言いながら、チョイチョイと手招きしてみせる。
 まさかハイと首肯するわけにもいかず、シグナムとシャマルの二人は結構ですと丁重に辞退してみせた。もちろんザフィーラも、興味ないとばかり、獣状態で伏せの姿勢で耳すらピクリとも動かさなかった。
 そんな三人の態度に「なんやつまらん」と嘆息ついたはやてはしかし、
「そんならリインの話やったら、みんな興味持ってくれるか?」
 ザワッ!
 その一言で、四人が四人とも一様に身を固くし、バラ色の幸福空間だったその場の空気を一転、張り詰めたモノへと変化したのである。
 それだけのパワーがその一言には含まれていたのだから無理もない。
 ユニゾンデバイスであるリインフォースの開発は、前述の通り、困難を極め、かつてのような感情を有した人格を持つまでには至っていない。ストレージデバイス程度の人工知能を持たせて、どうにか安定をみている状態なのである。
 そんな状況であればこそ、ヴォルケンリッターにとって『リイン復活』という情報は、例えどんなに小さなモノであっても、この上ない朗報となるのだ。だからこそ、如何に沈着冷静を絵に描いたようなザフィーラでさえ、気色ばんではやてを凝視するのは当然の出来事だったのだ。
「独立した構成人格による管制支援に見込みがたった・・という事ですか。しかし一体いつの間に・・・」
 言い募るシグナムを筆頭に、皆一様に詰め寄ってくるのを「みんな落ち着き」と宥めつつ、「食いつき過ぎやろ」と内心ぼやきながら、はやてはほややんとした笑みを浮かべて答えてみせた。
「まだ目処が立ったっていうだけの話なんやけどな?」
 そう前置きして、はやてはリインフォースの再構築プランを、得々と語ってみせたのである。

「・・どやろ・・・?」
 滔々と概要を話して聞かせるはやての顔は、自信に満ちあふれていた。
 これまでに行ってきたリインフォースの再開発は、文字通り難局が続いたのだが、今回のそれは、かなりの率で上手くいきそうな気がしているとなれば、それも当然だろう。
 そんなはやての説明を聞き終えた面々は、暫し放心状態となった。
 そして雨水がゆるゆると地面に吸い込まれていくように、ゆっくり咀嚼すると、
「・・確かに・・話を聞いただけならば、この上なく良い案だと思われますが・・・」
「ん〜そうねぇ。ちょっと危険っぽい気もするけど・・・」
「私はチャレンジしても良いと思うぜ」
「・・・・・・」
 四者四様に思ったことを吐露してみせた。
 そんな否定的に受け取れる意見も併せて統合してみると、条件付きでOK? みたいな好印象でもある。だからはやては、ほうっと胸を撫で下ろし、溜息を漏らしてみせたのだ。なにより「またそんな無茶なことを!」と、シグナムが烈火の如く怒り出さなかったのが喜ばしい。
 しかしはやてに焦りはない。
 確かにリインフォースが復活し、目下直面しているゼーレの一件に対応できるようであれば、この上もなく頼もしい助っ人となることは間違いない。
 ではそれが、ほんのちょっぴり、事件を楽に解決できる要因でしかないとしたらどうであろうか?
 だからはやては、今このタイミングで、この話を切り出したのだ。吉報は頃合いをみて出してこそ、歓迎されて受け入れられるモノなのだから。
「まあこれは、この事件が解決した後にでも、じ〜っくり時間を掛けて取り組もう思うてるんよ。
 お楽しみはとっといても損はないからなぁ。
 言うまでもなく、みんな、協力してくれるんやろ?」
 そう小首を傾げて問うはやてに、異を唱える者などもちろんその場にはいなかった。
 皆一様に、期待に胸を膨らませていると言わんばかりに、良い目の色をしてたのだから、当然と言えば当然だ。
 だからはやては一つ頷くと、皆の引き締めに取りかかったのだ。
「おっし! ほならみんな気合い入れてくで! リインが私らんこと待っとる!」
「「「「ハイ!」」」」
「八神はやてとその一党! 準備万端、いつでもいけるで!」
 ブリッジ全体に、はやての威勢の良い声が木魂した。
 そしてその時にはもう既に、彼女の目元は元に戻っていたのである。



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