魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



「その時のはやてちゃんって、本当に可愛かったの〜」
 ほんのり桃色に染まっているすずかの頬は、なにも風呂上りだからというわけでもなさそうだった。
 時間は跳んで、その日の晩である。
 なのはやフェイト、アリサが合流し、黄色い声が飛び交う晩餐の最中、「それじゃ今日はご苦労様」と、半ば強引に忍に追い返された恭也の背中が、なんだか煤けて見えたりしたが、ここでは関係のない話。
 にぎやかな会話を楽しむのに、ベッドではやや風情にかけると、誰が言ったのか定かではないが、月村邸の少しばかり奥まったところに設けられた客間の和室。そこへ布団が五組運び込まれると、本日のメインイベント、パジャマパーティーの会場設営は完了したのである。
 五人は思い思いの場所を陣取ると、まずはジャンケンで入浴の順番決め(和室に備えられた湯舟は大人一人分の大きさしかなかった)と相成った。
 魔導師組がかぶらないよう配慮されたため、なのはが最後に一人で入ることに決まると、一人やきもきするフェイトがいたりする。
 そんな彼女を、
「相変らず仲良しねぇ。妬けちゃうわ」
 とアリサが茶々を入れて笑いを取れば、五人の友好関係はなおいっそう良好であると、容易に伺い知る事が出来た。
 湯船を独り占めする形になったなのはがあがってくるのを待つ間、それぞれお茶を飲んだり、持込のお菓子をつまんだり、はたまた髪を乾かした後、櫛の入れ合いっこするなどしていたのだが、「そういえばさぁ」とアリサの口から今日のはやての定期検診の話題が上ったのが事の発端である。
 プールでの出来事について、月村邸に戻る車上で、酸っぱくなるほどすずかに口止めしていたはやては、それだけで安心していたわけでは決してなかった。だが、我が物顔で和室に入ってきた猫(チンチラの雄。名をムックという)の堂々とした態度に、ヴィータの姿を重ねあわせ、そちらへの注意を怠ってしまったのが最大の敗因である。
 その隙に、事の顛末の一部始終聞き出したアリサは、
「うっそまじやるじゃんはやて! んで次はどう攻めんの?」
 とまるで魔法のようにすずかの目の前から、はやての傍らに高速移動してみせると、ムックと戯れることに夢中になっていたはやてを飛び上がらせたのである。
「な、なに? アリサちゃん。そんな血相変えて・・・」
「あに悠長なこと言ってんのよ! したんでしょチュー!」
「へ? な、何でそれ知って・・って、しゃべらんといて言うたやん! すずかちゃ〜ん!」
 アリサに肩をつかまれ、白状しろと揺さぶられるはやては、口を滑らせた友人にむかって非難の声を上げたのだが、当の本人は、二人がじゃれあう様を楽しんでいるかのように、口元を手で隠して微笑んでいらっしゃるのだ。
 女の友情って・・・。
 などと考えずにはいられないはやてではあるが、当面の問題は色めき立っている目の前の難敵、アリサである。
 晩餐の際、誰が誰に告白しただの、そのサポートをどんな具合にしただのと話題を提供しまくっていた彼女は、例え芥子粒ほどの可能性だろうと、咲かせてみせよう恋の花! 人の恋路にゃ全力支援! それがこのあたしアリサ・バニングス! 大船に乗ったつもりでまっかせなさい! と、一体なんのプロモーション映像だ? と首をひねりたくなるあおり文句を掲げてはばからない近況にあったのである。
 出来れば今この場で知られてほしくないランキング第一位の要注意&危険人物に、情報の漏洩を許すとは、なんという失態だろう。
 きっと今現在、彼女の頭の中では、
 例え事故だったとしても、それがきっかけで本当に恋に実る可能性は十分にある。そしてそれを支援するのは当然私の務め! さー忙しくなるわよー!
 と、有難迷惑な論理思考が地球シミュレータ並みの高速演算で為されているに違いないのだ。そしてその勢いのままに活動し始めたこの暴走特急を止めることは、闇の書の防衛プログラムと同じぐらい、容易な事ではないのだろう。
 思わず、平穏無事な夜の宴を過ごすために、チョコッと頸動脈辺りをついて気を失ってもらおうか? などと危ない考えもよぎりもしたが、
「・・きっかけは?」
 と、このような話題に首を突っ込んでこないイメージ第一位であるフェイトが、おずおずと、しかし興味津々な目線で話題に参加してこられては、答えなくてはいけないような雰囲気になってしまう。
 話すからのいてください。とアリサの揺さぶり攻撃から脱したはやては、居住まいを正すと、訥々と語り始めた。
「え、え〜と、きっかけ・・言うてもなぁ・・・。
 今月の始めに病院の屋上で、ちょう話しただけなんよ。
 んで、二回目にあったんが・・プールでなぁ・・最初は気ぃ付かん・・かったんやけど・・・」
 が、内容が問題の部分にさしかかるや、脳裏に件の光景がよみがえらせたらしく、次第に顔を赤く染めて黙り込んでしまったのだ。しかしそれは、年相応の女の子らしい態度で、なんら不思議なものではないのだが、特捜部での彼女の活躍を知る者からしてみれば、
「これが本当に、あの勇ましい管理局特捜部が誇る黒翼の剣十字か?」
 と、動揺し、大騒ぎしてみせたことだろう。まかり間違えば、広報課が発行する局内新聞の一面を飾る可能性だってあるかもしれない。それぐらい、今目の前で展開されている光景は、希有なものだったのだ。
 そしてそれを知ってか知らずか、はやての現状報告は、ぽそぽそと、蚊の鳴くような小さな声で繰り広げられていったのである。
「・・ちょうあいさつしようと思たら・・ふらついてもうて・・・」
 知らず、つき合わせた人差し指同士でコンパスを開いたり閉じたりするような仕草をし始めたかと思えば、姿勢は次第にうつむき気味。更には声も尻窄みにか細くなっていくばかり。
 そして最終的には、ボシュウ。という音とともに湯気が立ち上らんばかりに真っ赤になって、固まって動かなくなってしまったのである。
 そんな純情可憐な有様を見たアリサは、
「でもさー、チューぐらいだったら、ヴィータとだってしてるんじゃないの?
 ちょ〜っとばかし、大げさすぎやしない?」
 と、意地の悪そうに突っ込んだのである。
 普段のはやてであったなら、そんなアリサの明け透けな態度の意図するところを、容易に看破してみせただろう。だが、感情的になっている今の彼女は、それと気がつかないほどに、動揺しまくっていたのである。
「ヴィ、ヴィータとのチューはおやすみのやもん! おでこにしかしてへんもん!
 唇どうしなんて、はじ・・・」
 しもた。口滑らした。と思ったが、時すでに遅し。
「ほっほ〜〜ん?
 わたしはマウスチュ〜マウスなんて、ひとっことも言ってないんだけどな〜。
 そっか〜。したんだ〜。マウスチュ〜マウス〜〜。
 しかも、は・じ・め・てのお相手は、年上の男の子〜♪」
 ニンマリと口を歪めて笑ってみせるアリサは、『不思議な国のアリス』に出てくるチェシャ猫もかくやといった面もちで、だがはやてからしてみれば、これ以上はないぐらいに小憎たらしく映って見えたのだ。
「ず、ずるいで、アリサちゃん!
 誘導尋問は確証にはならんのや! 立件にはつながらんで!」
「ふ〜ん。そーなんだ〜。
 それで〜、初めてのチュ〜はどんな味がしたの〜?」
「ど、どんなって・・・」
 詳しく教えなさいよ。と要求してくるアリサの押しに、はやてはタジタジ。もはや防戦一方である。流石敵も然る者。伊達や酔狂で友人の恋愛相談に乗っていないといったところか。
「きゅ、急なことだったし・・レイ君だってわざとしたわけじゃ・・・、ってそうや、意図してやったこととはちゃうもん! ぐ、偶然やもん!
 それに水の中だったんやから、味なんてわかるわけないやん!」
 パタパタと忙しく両手を上下に揺すって弁明するはやてに、
「む〜、なんかこれ以上ないってぐらい可愛い反応だわね。
 ・・そっか、その路線で攻めんのね?」
 おおぅ。とか言いつつポンと手を打つアリサに、「そんなんちゃうって〜」と泣き笑いに等しい表情で、はやてはアリサにすがりつくことしかできなかった。
 時空管理局の最強の四カードの内の一枚と目される彼女だったが、今この瞬間、一介のなんでもない女の子の掌で、哀れに踊らされている道化にすぎないとは、何とも情けない話である。
 しかも、
「でもレイさん・・だっけ? まんざらでもなさそうだったよ?」
「うっそまじ! やったじゃんはやて!」
 この悪魔ぁ!
 このタイミングで燃料投下する辺り、明らかにすずかは狙ってやっている! そして一番この状況を楽しんでるのは、まず間違いなく彼女ではないのか? そんな確信めいたものを感じずにはいられないはやてであった。

 それからというもの、初恋は実らないという諺(?)から始まり、年上の男が小学生の女の子相手に本気なるはずがないだの、それなら今後のためにも練習台になってもらえばいいだのと、本人の意志を無視した恋愛談義(三島由紀夫バリに拳をふるって演説するアリサに、それを囃し立てるすずかという熱いトークショーが繰り広げられ、流石の魔道師二人も圧倒されっぱなし)に花が咲いたのである。
 しかし不意に、矛先がフェイトに変更されたのは、正に青天の霹靂の出来事。いやさ、パジャマパーティーの醍醐味といえるだろう。
 きっかけは、四人が着ている寝間着であった。
 薄いピンク地に、襟や袖口が赤のラインでまとめられているパジャマ姿のアリサ。
 白地に親指大の赤いバラがいくつもプリントされた生地に、トーションレースでフリルが縫い付けられたネグリジェのすずか。
 そしてライムグリーン系の色で統一された絹にも似た光沢の、レーヨン生地で作られたネグリジェのはやて。
 そして問題のフェイトはと言えば、
「フェイト・・それってもしかして男物?」
 アリサが指摘したとおり、フェイトが身に纏っているのは、大きめのYシャツだったのである。
 そうだけど? と首をかしげるフェイト。
「まままま、まさかとは思うけど、ク、クロノさんのお下がりとか?」
 そして何の躊躇も無く、コクン。と彼女の頭が上下すると、和室に黄色い悲鳴が響き渡ったのは言うまでもない。
 このところ成長著しいフェイトの義兄は、彼女よりも頭二つ分は背が高くなっていたのである。結果、フェイトの身を包むそれは、白い腿を膝上五センチの辺りまで覆い隠し、長すぎる袖は、かなり捲くらなければ手が出ないほどダブダブという始末だ。そして外したままの第一ボタンは、襟を大きく開かせる結果となり、そこから彼女の白い肌と鎖骨を露にしているのである。
 いくら暖房が利いているとはいえ、冬の入りの時期には寒そうに見える格好だ。
 しかし当のフェイトはどこ吹く風で、
「結構暖かいんだよ。着心地だってそんなに悪くないし・・・」
 ヒョイと立ち上がった彼女は、折り返した袖の端をつまみながら、その場で一回転してみせた。その時、遠心力で広がるYシャツの裾から、僅かにターコイズブルーの下着が見えようものなら、それだけでTKOを喰らう諸兄が山ほど現れること請け合いである。
「フェイト・・恐ろしい娘」
 と、事の重大さを理解しているアリサが、白目をむいて呟いたかどうかはともかく、自分が何をしたのか理解していないフェイトはと言えば、不思議そうに首を傾げるばかりである。
「何かヘンかな?」
「ん〜ん〜〜。
 フェイトが一本ネジ外れてる天然ってのが良〜く分かった」
「え? え?」
 疑問符を浮かべ、戸惑っているフェイトを置き去りしに、そしてサバトが如き宴は、今この場にいないなのはにまで、その食指を伸ばしていく。
「なのはとユーノの関係って今、どうなってんの? 進展してる?」
「ん〜? なんやちょくちょく会ってるみたいやけど・・・?」
「そうだね。この前、局の娯楽施設でランチしてるの、エイミィが見たって」
「そのエイミィさんの隣に誰がいたのかは考えないとして・・・。でもそれって脈ありってこと?」
「どうなんだろう? なのはちゃん相変わらずの『僕ニンジン』だし・・・」
「「「だよねぇ」」」
 すずかの言葉に、他の三人は異口同音に答えつつ、ぼくにんじんボクニンジンと新案特許な慣用句を繰り返して、四人は笑いあうのだった。

 なのはの朴念仁ぶりを表す、こんなエピソードがある。
 ユーノが久しぶりに休暇を取り、故郷に帰省した折、とある女の子に見初められて帰ってきたのだ。
 その女の子は、水あめのようにベッタリとユーノにくっついたまま離れようとしないばかりか、「ユーノ様のお嫁さんになるの」と、なのはが見ている目の前で、そんな爆弾発言を躊躇なく吐き出したのである。
 その現場に居合わせたなのはに対し、ユーノは苦りきった表情を浮かべたのだが、直後、
「良かったねユーノ君。素敵な彼女が出来て♪」
 と、盛夏のひまわりのような笑顔で祝福してみせたのである。それはもう一点のくもりもない、心からの祝福しているとわかるものだったというから、如何にこの少女が罪作りな性格をしているか、分ろうというものである。
 当然、その言葉を送られた少年はといえば、黒の背景に「ガーーーン」という絵文字を背負って固まった後、膝を抱えてうずくまってしまったという。
 そのあまりにもあまりな状況に、流石の皮肉屋のクロノでさえ哀れに思ったのか、いつの間にか現れたザフィーラ、恭也、士郎をも交えて、「まぁ飲め」と、慰めと励ましの一席が設けられたらしい。
「あのユーノ君は、ほんと見てて哀れやったわ」
「そ、そうだね・・・」
「あの子ってばまったく・・・。
 で、結局その子はどうしたの?」
「えっとね・・・」
 もともとが惚れっぽい性格だったためか、紆余曲折の末、標的(?)がザフィーラに代わり、クロノを「趣味じゃない」の一言で切って捨て、アースラ捜査班のギャレットに代わり・・と、管理局(特にアースラ)に関わる人間を散々振り回した挙句、最近ミッドチルダで人気を博しているアイドルユニットの姿をたまたま見かけるや、その追っかけグループの仲間入りをものの十秒で果たすと、そのまま姿を消してしまったのだという。今頃はどこか遠い空の下、新たな恋に邁進しているのかもしれない。
 なんにせよユーノは、公式に『二日で捨てられた甲斐性なし』ということにされたのである(クロノによる噂の流布であることはまず間違いない)。
「で、そのフォローは当然入ったんでしょ?」
「なっし! なしのナッシングや」
「へ?」「え?」
「『災難だったね。もっと良い人が見つかるよ』だそうや」
「・・なにその傷口に塩塗りこむような台詞は・・・。
 しかしなのはもなのはなら、その子もその子ねぇ。
 ひどくない?」
「・・アリサちゃんがそれ言うんかぁ?
 同じようなことさせようしとった張本人やん」
「あ、はやてが反抗的態度を取ってる」
「事実やん!」
「そのパワーを見習って、はやてちゃんもふぁいとっ」
「人事や思って、すずかちゃんまで〜〜」
「でも人を好きになるのに、理由は無いって言うし・・・。
 きっかけはどうあれ、お付き合いしてみるのは、いいと思う」
「うっわ、フェイトちゃんもか!」
 一瞬、三人が結託して、自分を陥れようとしているんじゃないか? などと、疑心暗鬼になったはやては、「やってられへん!」と関西人らしい口調でプチッといくと、そっぽを向いて膨れてみせるのだった。
 しかし普段が普段だけに、そんな弱みを見せた彼女の可愛らしい反応は、悪戯心に火をつける結果になるのもまた当然の結果である。
 そしてそれはさらにヒートアップしていくのだった。
「はやてちゃんはやてちゃん」
 そう言ってすずかが渡してきたのは、はやての携帯電話である。
 なんだろう? と思って液晶画面を見てみると、そこには見慣れぬ番号と共に『発信中』の文字が浮かんでは消えと、明滅しているではないか。
「昼間、お姉ちゃんが万が一って、電話番号控えさせてもらってたの」
 その核爆弾級の発言に、すずかのお尻の辺りから、黒くて先の尖った長い尻尾が生えている様が、しっかりくっきり見えた気がするはやてであった。
「・・って無理無理! 何話せば良いかわからへん!」
「カンタンよ。昼間のお詫びにお茶しませんかって言えばいいの!」
「あ、明日は早々にみんなのトコに戻らないとあかんの! そないな暇無いナイない!」
「午前中の一、二時間で良いんだから都合つけなさいよっ。簡単でしょ?」
「んな事言うたって〜〜〜」
 小声によるすばやい会話が為される横で、発信音が五回鳴った。そして六回目の途中でプツッという音に続き、「もしもし?」という少年の声が響いてくると、恋愛経験若葉マークのはやては、最早パニック同然である。発信途中で通話終了ボタンを押ぜば良かったのだが、そんなことさえ思いつかないほど余裕がなくなっていたのだ。
「あ、あ、あ、あのあのあの・・・、ひ、昼間、お世話になった八神はやていいます!」
 緊張しまくりで呂律が回らないのはもちろん、顔は火照り、頭の中は真っ白け。今自分が何をしゃべっているかなんて理解不能。
 だから、「お世話って何を〜?」と、ヒソヒソ声で突っ込むアリサに気が回らないばかりか、突っ込み返すこともできなかったのである。
 そんな彼女の様子を窺い知るわけもなく、
『あ、ああ昼間の。うん、こんばんは。はやてちゃん』
 と、当の相手は年上らしい、落ち着いた態度で返してきたのである。が、そんな態度はかえってはやてを緊張を煽る結果にしかなりえない。
「ここ、こんばんは。つ、月がきれいですねっ」
 夜遅く、いきなり電話をかけた事への非礼を入れる事すらすっ飛ばして、はやては的外れな事を口走った。当然周りからは、
 雨戸閉まってるから月なんか見えないよ〜。ヒソヒソ
 ・・すごい。こんなしどろもどろなはやて、始めてみた。ヒソヒソ
 と実況中継による添削が入りまくりである。
『うん? あ〜そうだね。満月が海に写ってきれいに見えるよ。
 星は・・月明かりでよく見えないな』
「そですね。海に写ってますね・・って、ひゃわ〜っ!」
 んなこと言ってる場合じゃないでしょ! さっさと誘いなさいよ、さっさと! さもないともっと脇突くわよ! ヒソヒソ
 はやてちゃんがんばって〜。ヒソヒソ
『ど、どうしたの? 突然変な声上げて』
「な、なんでも! なんでもにゃいです〜。
 でっかい猫が懐にもぐりこんできよっただけで・・・」
 何すんのっ。と目線でアリサを非難しつつ、脚を伸ばして牽制しようとするはやて。しかしまだまだ十分満足に動いてくれない脚は、三人の接近を容易に許してしまう。
 早く誘うの! 明日、午前中、時間ありますかって! ヒソヒソ
 のしかからんばかりに身を乗り出し、アリサがはやてに詰め寄ってくる。背後に回って、安心させるように両肩に手を置くのはすずかだ。フェイトは両の拳を握り締めて、ガンバッテというの面持ちで右側でジッとしている。
 そんな三人の熱くも、はた迷惑な視線に後押しされ、はやてはついにその一言を切り出したのである。
「と、ところでレイさん! あ、あ、あああああ明日の午前中、時間ありますかッ?」
 あまりに拙く、且つ、あまりに性急が過ぎる話の持っていき方は、『初めてのデートのお誘い』としてはズタボロな内容である。もちろんはやての思考が、そこまで考慮できないほど舞い上がっているのはもちろんなのだが、それにしたってもう少しばかり情緒があって然るべきではないだろうか?
 しかしそんな周囲の思惑とは裏腹に、当の本人はと言えば、
 ゆ、ゆうてもうた! どないしょ! なんや頭グルグルで心臓爆発しそうや〜〜〜っ!
 完全にオーバーヒート、思考停止寸前の状態に陥っていたのである。
 そして、内心の叫びを代弁するかのように、
 ずっきんどっきんずっきんどっきんずっくんどっくんずっきん・・・っ!
 心臓の鼓動はやたら早く、思いのほか耳に響いてくるような気がしてならない。頭の方も、言葉通りクラクラしっぱなしで、視界はグルグルと回りそう。とてもじゃないが自分の所在を、はっきりつかめなくなってきている。
 そんな愉快な状態に彼女が陥っているなど、露とも知らない少年は、
『明日? ん〜特に何もないよ?
 知っての通り、足があんなだから、うろつく事は出来ないけど』
 と色よい返事を返したのである。
 くどいようだが、はやては恋愛経験若葉マーク。ズブの素人である。レイの返事の意味するところを正確に理解できなかったとしても、それは仕方がない。だから「え、それって・・・」と、ポカンとした表情で聞き返そうとも、一体何の問題があろうか! いやあるまい!(反語!)
 だが幸いにもそれが功を奏したのである。純粋な疑問系で返ってきた返答に、相手もようやくこちらの事情が飲み込めたらしいのだ。クスッと一つ微笑むと、
『うん。問題ないよ。じゃあ、商店街にある翠屋ってわかるかな?』
 イニシアティブをとって、段取りをつけ始めたのである。そうなると話はトントン拍子に進んでいく。
「は、はいわかります! 友達のご両親がやってるお店ですから!」
『そうなんだ。じゃあ十時ぐらいでいいのかな? だいじょうぶ?』
「は、はい! そりゃもー」
『ん。ならよかった。それじゃまた明日。おやすみ』
「おやすみなさい〜」
 その場にいない相手に向かってお辞儀しつつ電話を切ったはやては、大きく溜息を吐き出すと、しばし魂が抜けたような表情で惚けてしまった。が、ダンボの耳状態で、聞き耳を立てていた周りの三人が、
「やったじゃんはやて!」「おめでとう〜」「よかったね〜」
 と、黄色い声を上げて、まるでホームランバッターを迎えるチームメイトのごとく、はやてに抱きついてもみくちゃにしてくると、
「え・・、あ、うんと・・・」
 成り行きでデートの約束をしてしまった事の重大性に、ようやく頭が回るようになってきたはやてである。
 うあーっ! なんやみんなにそそのかされて、なんちゅーことしてまったんやろ〜〜!
 一人頭を抱えて悶絶するはやてを残し、明日は何着ていくか作戦会議よ! だの、手作りクッキー持参てのはどう? でも待ち合わせは翠屋って言ってたよ? そこでなのはさんの出番です! だの、またもや暴走に拍車をかけはじめる面々。何気にフェイトもノリノリで参加してるのが、以外と言えば意外な光景である。
 そんな再度ヒートアップしだしたパーティー会場に、オレンジ地に白の水玉模様のパジャマを着て、濡れた髪をタオルで巻き上げたなのはが、正にカモネギのタイミングで戻ってきたのである。
「ほっこほこ〜の〜ほっかほか〜〜♪
 ただ〜いま〜。あーいいお湯だった・・ってみんなどしたの?」
 和室に一歩踏み込んだその先に、はやてにしがみついている(ように見える)女の子三人という百合百合な光景は、『禁断の園』という言葉を想起させ、なのはをひどく困惑させるに十分なものだった。
 来年には私立聖祥大附属中学(女子校)に上がる事もあり、そういった話題が、大なり小なり耳に入ってくるお年頃でもあるため、戸惑せて当然である(普段、自分がフェイトに対して似たようなことをしているのだが、そのことをちゃんと認識していないのもまた困ったものである)。
 そんな一歩怯んだ彼女の心情などお構いなしに、やたらテンションの高いアリサが待ってましたと出迎えたのである。
「おっかえりー、なーのはー!
 ちょっと聞いてよ。はやてったらさー♪」
「ア〜リ〜サ〜ちゃ〜〜ん、も〜堪忍して〜〜〜ッ」
 ちょっと前まで、なのはの噂話をしていたとはおくびにも出さず、今仕入れたばかり、出来立てホッカホカの美味しい話題を提供せんとするアリサ。そしてそんな彼女に泣いてすがりつくはやて。
 なのはと視線を合わせた途端、真っ赤になって固まるフェイト。
 そしてこの場のこの状況を、ものすごく楽しんでる風なすずか。
 何が何やら良く分からない状況ではあるものの、百合百合な状況は完全に勘違いと理解できたなのはは、とりあえずアリサの話題に興味を示し、話の輪の中に入っていったのである。
 そうして女の子達の宴は、話題尽きることなく、お茶のお代わりを持ってきたメイドのファリンすらをも巻き込んで、夜更け深くまで続けられるのだった。

「ちなみにファリンてどんな男性がタイプ?」
「え? えっと〜そうですねぇ・・・。なのはちゃんのお父さん、士郎さんなんか・・・」
「エエッ? うちのお父さん?」
「それはまた・・シブいわね・・・」
「何言ってるんですか。お母さんの桃子さんをずーっと大事にされてるじゃないですか。
 う〜ん、包容力っていうんですか? そういうのに包まれて感じる幸せって、最ッ高に決まってるじゃないですか〜〜。
 きゃー何言わせるんですかーもーすずかちゃんったら〜。
 ・・ってあれ? どうしたんです皆さん? 顔に縦線が入ってますよ?」
「ファ〜、リ〜、ン〜〜・・・」
 そんな地獄の底から響いてくるような低い声を背後から浴びせられたファリンは、ペタンコ座りのまま五十cmは飛び上がるという器用な技を披露。着地後、変な汗をダラダラ流し、錆付いたカラクリ人形のような鈍い動作で、首を背後へと向けていく。
 はたしてそこには、阿吽の金剛羅漢が裸足で逃げだすような、黒いオーラに身を包まれたメイド長のノエルがいて、
「あ〜な〜た〜は〜い〜ったい、な〜にをやっているのかしら〜〜〜っ?」
 と、心胆寒からしめる言葉ともに、ぐーで鉄拳制裁が精神注入の名の元に、問答無用で振り下ろされたのだ。
 閃きは一瞬。阿鼻叫喚さえ響かせる暇も与えず、お仕置きタイムは終了した。
「皆さんも、もうお休みなさいませ。夜更かしは美容の大敵、成長の妨げです。
 よろしいですねッ?」
 その有無を言わせない迫力は、私立聖祥大附属小のうるさ方である教頭先生なんか目ではなく、それまでの姦しくも賑々しい騒がしさは、地平の彼方へ超音速で逃げ去り、女の子五人は脱兎の如く、大人しく布団の中に潜り込んだのである。
 それを確認したメイド長は、満足のにこやかな笑みを一つ浮かべ、
「さてファリン。あなたには特別にメイドの何たるかを、徹底的に教え込みなおして差し上げましょう」
「え? で、できれば遠慮したいな〜なんて・・だめ・・ですか? だめですね。決まってます。だからゴメンナサイ許してお姉さま」
 上司であり、姉であるノエルの鬼気迫る迫力に圧倒され、尻込みするファリンであったが、結局は問答無用で小脇に抱えられて強制連行されていくこととなった。
 後には無情にも、「た〜すけ〜て〜〜〜〜〜っ」と響く声が残るばかり・・・。
 合掌。


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