魔法少女リリカルなのはA's VerH −宵闇の小夜曲−



  ◇

――名前を決めよう。
 赤銅色に染まるマグマ溜まりの中から掬い上げられた彼は、開口一番、その様に告げてきた。
 名前などというものの概念が分からなかった他の二人は、それに何の意味があるのか問い質したものだが、
――こうして意思の疎通を図れる仲間の存在が分かった以上、お互いに、どのように呼びかければいいのか分からなければ、仲間などいないと信じていたこれまでと同様、無為に時間が流れるばかりだ。
 とその意味を滔々と説かれ、残った二人は、なし崩し的にその意見を飲むことにしたのである。
 原初の彼が言った。
――我々は嘗て、創造主から『ゼーレ』と呼ばれていた。ならばそれにあやかった名前をつけよう。
――ならば頂の世界の王よ。貴方はゼム。ゼムゼロスを名乗るといい。
――ならば畔の世界の王よ。貴女はゼラ。ゼラフィリスを名乗るといい。
――ではお前はなんと名乗るのだ? 灼熱の海にたゆたう原初の者よ。
――否。我は始まりの者に非ず。創造主より見捨てられた寄る辺無き者。存在し得ない者。ならばゼロ。ゼロと呼んでほしい。
 この瞬間、ゼム、ゼラ、ゼロという、新たな三人の生命が生まれたのだ。だがしかし、この時の彼らはまだ、地下の隔たれた小さな世界で、ひっそりと生きながらえるだけの存在でしかなかったのである。
 そんな彼らに劇的な変化をもたらしたのは、か細くも小さい、助けを求める声だった。

――・・ス、ケテ・・・。
 その声を聞き取ったのは、最も地表に近い場所を生活圏に設定していたゼムゼロスだった。
 彼らは、ミッドチルダ世界で広く用いられている公用語を理解できるほど、高度な知性をまだ持ち合わせていなかった。彼らの普段の会話は、言語中枢で想起されたイメージを伝達する、本当の意味での思念によるものだったのだ。ならば、ゼムが聞き取ったこの『声』は誰が発したものだというのか?
 だが今の彼には、それを意に介している余裕などまったく無かった。別の大問題にかかりきりになっていたからだ。
 大問題とは、ゼロをマグマ溜まりという灼熱地獄の中からすくい上げるというものだった。そしてその声を聞き取ったのは、今まさにゼロがマグマの海から顔を覗かせようという、まさに大事なところであったのだから、他の事に注意を払うなど出来るわけがなかった。
 彼らは極めて早い段階から分体を用いて、鼠や蛇を使役する術を身に付けていた(この手段を発展させ、自らの素体とするようになるのだが、それはまだまだ先の話である)。こうすることで、彼らは自らの分身を広い範囲に展開させ、彼らの世界の外の様子を容易に窺い知ることができたからだ。
 ある時、そうした彼らの分身である鼠が、地熱発電施設から伸びる送電線の漏電によって感電死した。送電線の皮膜を傷つけ、漏電の元を作ったのは誰なのかは言うまでもない。が、この事件の発生直後、分体のリンカーコアの出力が一時的に跳ね上がったことに、ゼムは気がついたのだ。生物兵器として開発されることが基本コンセプトに収まっている関係上、熱や電気、余剰魔力を吸収して転換する機能があらかじめ備わっていて当然なのだが、まだ本格的に調整されること無く廃棄された彼にとって、ゼロと同じような魔力変換特性が備わっていようとは夢にも思わなかったのである。だが奇しくも、ゼムはそれに気づいたのだ。ならばそれを利用しない手はないだろう。
 これまでにも、ゼロを引き上げることは出来ないかと彼らは果敢に挑戦してきた。だが結果はいずれも失敗ばかりで、実を結ぶことは無かったのである。一番の原因は明確だった。捕食する鼠や蛇では体を大きくすることは出来ても、リンカーコアの出力や、高度で複雑な魔法の行使することが出来なかったのだ。
 彼らは知る由も無かったが、リンカーコアはその生物が持ちうる知性によって、その底辺が異なってくるのだ。だから文明世界を構築出来ない生物に備わるそれは、極めて微弱なモノとなり、より強力な知性を持つに至った生物は、より強力なそれが備わる可能性があったのである。これはギースすらも見落としていた、彼らの欠点だった。
 つまり、彼らがより強力な力を手に入れるには、より強力なリンカーコアを備えうる可能性がある『人間』をこそ、捕食しなければならなかったのだ。
 だがその事実を知らない彼らは、何とかして強力な力を手にいれる方法はないものかと探しあぐねていたのである。
 そしてその術は見つかった。なれば即実行あるのみだ。
 矢も盾もとらず、ゼムとゼラは分体を放って、ある場所を目指した。もっとも強い電力を常に発生し続けているそこへ。地熱発電施設へと。

 分体を多く失うことを厭わず『ゼロを灼熱地獄から掬い上げる』という一念で、計画は実行された。
 だがそれは、別の場所で別の悲劇を生み出す結果となったのだ。
 大量の電力を漏電させた発電施設は、正副予備と三系統ある基幹の内、通常の発電容量の六分の一しか出力出来ないほどの被害を被った。
 当然、地表近くに敷設されていた宿泊施設や周辺地域に住む住民達は、長期に渡る停電の被害にあう(地下に秘匿されていたギースのいる研究施設だけは、独立して敷設された送電線を持っていたために、何の被害も受けていなかった)こととなった。
 そしてその停電により、まさかの被害を被ったのが、アルベルト・ターナーの子供であるアンジェリカ(十歳)とアーネスト(七歳)。そして宿泊施設の管理責任者の三人だった。
 三人は無事、何事も無く宿泊施設に取って返し、アーネストの忘れ物も無事回収することができた。だが、いざ避難途中の皆に追いつこうと施設を後にしようとした瞬間、それは起こったのだ。
 地下の発電施設近くで起こった漏電は、瞬間的に大電流を逆流させ、宿泊施設内に設置されていた設備の尽くをショートさせていったのだ。

 チカチカと照明が明滅したと思うと、次の瞬間、それは二度と灯りを点すことなく黙り込んでしまう。かと思えば、
 ズン。
 重々しい音を響かせて、それは三人の目の前で道を閉ざしてしまったのだ。それは、施設の延焼を防ぐために設置されていた防火壁が落ちる、轟音だった。電力がカットされたため、それまで正常に働いていた電磁式の安全装置が停止したため、防火壁が落ちたのである。
 もちろんそれは、そうなるように設計されていたため、その動作はひどく正常な動作であり、ちゃんとした工事がなされていたことの証明たったのだが、奇しくも通せんぼされる形になってしまった三人にしてみれば、たまらないモノだった。
 ズン。ズン・・。ズン・・・。
 しかもあろう事か、同じような重苦しい音が、奥の方から連続して響いてくる。目の前で落ちた防火壁同様、先へと続いている通路の防火壁が、同じように落ちていってるのだろう。
「ウソ! なんで!」
 一番に悲鳴めいた声を上げたのは、姉のアンジェリカだった。
 彼女は『普段、留守がちなお父さんに代わって、自分がしっかりしなくては!』と自らに言い聞かせて育った、勝気でおしゃまな性格の持ち主だった。だから不条理な出来事には我慢ならず声を荒げることが多いのだが、この時も例外ではなかったのだ。
「お姉ちゃん。おち、落ち着いて・・・」
 と諌めの言葉を吐くのは、当然、弟のアーネストだ。彼もまた、男の子ながらに『しっかりしないとお父さんに笑われる』と奮起してみせる性格の持ち主だったが、まだまだ闇夜に怖気づき、一人でトイレにいけなくなるような怖がりでもあったのだ。だから突然の出来事に、顔を青ざめさせ、姉を落ち着かせる素振りを見せながらも、身を寄せる口実にしてしまったのである。
 耳元でガンガンと扉を蹴りつける音が不意に止んだのは、身を寄せてきた頼りない弟を慮った姉が抱きしめ、優しい声で「大丈夫。きっと出られるわ」と弟を諭しているからだ。
 一時、静寂に包まれた暗闇の中で、ボッという小さな音が響いたのは、永遠とも思えるほど長く感じられた十秒後のことだった。
 思わずビクッと体を強張らせた二人に、
「あー、ごめんごめん。驚かせたかな?」
 という気さくな声をかけてきたのは、火の灯ったオイル式ライターを右手にかざした管理者の姿だった。
「お、脅かさないでよ・・・ッ!」
 明らかに引きつった表情をしてみせている女の子に、管理者はもう一度「ごめんごめん」と謝りながら、ハハッと豪快に笑ってみせた。もちろん彼だって、急な事態の変化に戸惑いを隠せない一人だ。しかし大の大人である自分が慌てふためいては、幼い姉弟に、余計な不安を与えてしまうことになる。それはパニック症候群を呼び起こすことになり、不幸な結果を呼び寄せることにもなりかねなかったから、努めて陽気に振舞うよう、彼は自分に言い聞かせたのである。
 しかしそんな彼が張ってみせた虚勢は、アンジェリカにモノの見事に看破され、「私がしっかりしなくちゃ!」と奮起させる結果になったのだが、大の大人の名誉のために、それはそっと脇に置いておくことにしよう。
「・・あー、さて。まずは二人とも落ち着こう。
 自分の名前を言えるかな?」
 彼は、自分を落ち着かせる意味も込めて、二人の子供たちの名前を求めた。もちろん、宿泊施設の管理者たる彼は、宿泊客の顔と名前を滞りなく覚えているから、二人の名前どころか、両親の名前や年齢だってスラスラ答えることが出来る。しかしこの様な状況下でもっとも簡単な質問を投げかけることは、理路整然な思考を促す一助になる。名前やどこの学校に通っているのかといった簡単な質問は、その最たるモノだ。
「ア、アンジェリカ・ターナー」
「アーネスト・・ターナーです」
「うん分かった。アンジェリカさんとアーネスト君だね? アン、アルと呼んでもいいかな?」
 ドッカと腰を下ろした管理者は、火の灯ったライターを床に置いて、二人にも座るように促した。
「お・・おじさんは?」
 恐る恐るといった動作で、二人の姉弟は腰を下ろした。だがアルは姉の背後に隠れるように、しがみ付いたままだった。これが「忘れ物を取りにいかせてください!」と息巻いていた男の子だろうか? と呆れ返るほどの豹変振りである。
「おじさんはねぇ・・・」
 そんな少年の仕種がおかしくて、管理者は口元に笑みを浮かべて、砕けた口調で自己紹介をした。
 そうこうしていると、ようやく非常電源のスイッチが入ったのか、非常灯の橙色の明かりが灯り始めた。それを確かめた三人は、申し合わせたように大きなため息を吐き出したものだが、それに気づいた三人は、誰からともなく笑いあってみせたものだ。
 互いに笑い合い、緊張を解くことが出来たと確認した管理者は、
「さてと、アン、アル。よく聞いてほしい。
 我々が置かれている状況は非常に困難なものだ」
 咳払い一つした後、仰々しく二人に説明し始めた。
 三人が閉じ込められたのは、配管坑の入り口に程近い地点だった。防火壁は百m毎に設置されていて、自分たちの背後に二枚、行く先に十数枚があると思われた。先行する彼女たちの両親と合流するには、この防火壁を一枚一枚、解除していかなければならず、一枚解除するには、重くて固い、手動開閉装置と十数分は格闘しなければならなかった。
「つまり、施設に取って返して救助を待とうって、おじさんは言いたいのね?」
 自分の自己紹介はしたはずなのだが、結局は「おじさん」と呼ばれることに、いささか自尊心を傷つけられた管理者ではあったが、
「うん。そのとおり」
 と、まだ声を震わせ気味なアンジェリカを安心させるべく、鷹揚に相槌を打ってみせた。
 しかしその一方で、本当に宿泊施設で火災が発生しているかどうか、窺い知る術を彼は持っていなかった。仮に火災が発生しているとして、その最中に幼い二人を伴って行くというのは、あまりに浅慮ではなかろうか?
 だがしかし、警備用に配置しておいたロボット(ちなみにこのロボットもワトソニアン製)が、スプリンクラーなどの消火設備と連携して鎮火できる程度の小火である可能性もある。最悪、施設全体に延焼するにしても、地下の発電施設に退避できる時間はあるかもしれない。
 とは言え、自分の立場的には現場に赴いて、事実を確認する必要があった。
 こうした問題に頭を捻った彼だったが、結局、彼は二人を連れて行くことにした。そして二人もそれに同意したのである。

 漏電を端に発した火事は、幸いにも警備ロボット達の活躍によって、一部のフロアを焦がすだけで済んでいた。
 だが漏電の被害はそれより顕著で、電源設備に接続され待機状態にあった警備、福祉ロボット、および照明器具などは、全損してしまっている。
 警邏状態になっていたため、漏電の被害から難を逃れた警備ロボットと、別系統の電源供給を受けるようになっていた消火設備が整っていたことが、施設の被害を軽微にした主な要因である。
 だがそれは、あくまで無人の状態でのことである。
 施設には地下から噴出する火山性ガスなど、人体にとって有害なモノを無害化する浄化設備も整っていたのだが、それらの設備も、漏電によって停止してしまったのだ。
 防火壁を開ける作業に悪戦苦闘し、三人が前身汗だくになって施設に辿り着いた頃、施設は既に、硫黄の臭いが立ち込める危険地帯となっていた。それに気づいた管理者は、すぐに取って返そうとしたものの時既に遅く、彼は喉を焼くような息苦しさに感じるもそこそこに、暗転した視界のまま、泡を吹きながら絶命してしまったのである。
 河口付近で検出される火山性ガス(硫化水素など)は、○・○○二rpm程度でも、人体においては大変危険極まりない濃度である。とは言え、その程度の濃度では、即死に至るほどの強毒性を示さないのだ。
 だが管理者は即死したのだ。
 つまり、施設内には河口付近などとは比べ物にならない、約千〜二千rpm相当のガスが充満していた(もしくはそれに近い状況)ことになる。
 そんな中にあって、なんで十歳かそこらの姉弟が無事であると思えるだろう?
 ガスの比重は、一・一一九と大気よりも重い。当然、背の低い子供の方から、ガスを吸うことになって当然である。
 だがそれは、至極一般的な人間であった場合でのことだ。如何に子供であっても、魔導師の素養があったとしたら、その範疇に収まるはずがない。
「お・・お姉ちゃ・・ん! だ、だいじょう・・ぶ・・・?」
 ひどく咳き込みながら、アルは必死になって床に倒れ付した姉に向かって呼びかけた。
 目の前を歩いていた管理者が、突然もがき苦しみながら絶命していく瞬間を目の当たりにして、少年はひどく動揺したものだ。そして自分の手を引いていたはずの姉が、同じように膝をつくように倒れる様を見れば、平静でいられるわけがない。
 お姉ちゃんを助けなけないと!
 その一心で、アルは姉に縋りつき、目を見開き、呼吸を荒くする彼女の手を取ったのだ。
 ターナーの家系には魔導の力を持った者は、ほとんど存在していなかった。だからアーネストにそれが現れたのは、ただ単に突然変異でしかなかったのだが、姉を助けたいと一心不乱に思う気持ちが、それを発現させたのだ。
 今まで感じたことのなかった、熱い何かが、胸の奥で燃えさかるようにして大きくなってくる。その力に突き動かされるように、アルは、自分と姉の周りに障壁を作りだし、目に見えないガスを遮断してみせた。障壁は、酷く簡単な術式によって構成されたモノだった。というよりも、半ば無意識に構成された心の壁のようなモノである。だから魔法に関して右も左も分からないアルでも、作り出すことが出来たのである。
 これが普段の日常生活の中でならば、アルは酷く戸惑ったことだろう。だが今は明確な目的があった。
 お姉ちゃんは絶対ボクが守る!
 何度も何度も、アルはそう心の中で呟き、障壁を維持し続けた。
 だが少年の頑張りも、そう長くは続かなかった。
 偶発的に発現した力を、何の訓練もなしに全力で使い続ければ、早々に不幸な結果を招くことは自明の理だ。
 さらにアルの手を伸ばした周囲にだけ張られた障壁程度では、酸素の量も圧倒的に不足している。ガスを排出させるべく、数台の警備ロボットが奮戦しているが、地下から止め処なく噴出してくるガスの量が、排出する量を上回っていては、文字通り、焼け石に水である。
 息が上がり、朦朧としだした意識の中で、知らず少年は助けを求め始めていた。
 明確な意思を持った言葉ではなく、生きようとする本能が発する切実な命の悲鳴。
――タスケテ!
 金切り声のような、声にならない声で発せられたそれは、
――タスケテッ。
 微弱ながらもリンカーコアを備えた動物達の耳に届き、
――タス・・ケテ・・・。
 独自の世界を地下に築き上げた、彼らの耳にも轟き渡ったのだ。
――・・タ、スケ・・・。

 次に少年が目を覚ましたのは、清潔な衣類と毛布をかけられた病院の一室だった。
 ICUの絶対安静状態にあった彼は、酸素吸入装置や点滴のチューブ、身体状況を図る装置の端子などが、体中隈無く取り付けられていて、ピクリとも身動きできない状態になっていた。
(ここは一体、どこなんだろう・・・?)
 半覚醒状態にある意識の中でそんなことを考えた少年だったが、隔離用のガラスに張り付き、滂沱の涙を流している両親の姿を、僅か動かした視線の先に捉えると、なんだか酷く安心したような気分になって、再び混濁した意識の中に沈みこんでいったのだ。
 薄れゆく意識の中、少年の心には、何かが引っ掛かっていた。
(僕は何かを守ろうとしてた。でも・・何を守ろうとしてたんだっけ・・・?)

(危険な状態は脱したようだな)
(そうだねェ。でもこれからどうするんだい? このままって訳にもいかないだろう?)
(うん。でも暫くはこのままでいよう。僕らにとってもその方が都合がいい)

 それからどれくらい時間が経過したのかわからない。
 しかし少年は「誰が耳元でしゃべっているんだろう?」とまどろみながら、意識を覚醒させていった。
 目を覚ました少年は、穏やかな日差しとともに、心地よいそよ風が吹き込んでくる病室の中であった。
 春らしい麗らかな日差しと、開け放たれた窓からそよぐ穏やかな風が酷く心地いい。微かに香る花のにおいは、傍らに生けてある花瓶の花々のそれではなく、外で満開に咲いている、金木犀の様な真っ白な花弁を広げた華のものだった。
(何でこんなところにいるんだろう?)
 朧気にそんなことを考えつつ、ハタハタと揺らぐカーテンをそれとはなしに見つめていると、
「アル?」
 と、傍らから呼びかけてくる小さな声。
 それにつられて、ゆっくりと声のした方に振り向けば、口元を押さえて涙を流す女性の姿があった。
(この人、誰だっけ?)
 そんなことを思いながら首を傾げていると、唐突にそれが自分の母親であることに気がついた。
 自分の母親の姿を忘れるなんてと、そんな自分に酷く困惑したものだが、それも束の間。
「お母さんのことが分かるッ? ねぇアル! アーネスト!」
 半狂乱状態になった母親に抱きしめられるわ揺さぶられるわ、両手で肩を捉まれ、覗き込むように顔を凝視されるわで、それどころではなくなってしまう。
(これが母親と言うものか・・・?)
 不意に、独白めいた声がしたような気がした少年だったが、病室には自分と母親の二人しかいない。だから気のせいだと思うことにした。
 そんな少年を余所に、母親の騒ぎを聞きつけた女性看護士が、医師を伴って駆け込んできた。そして母親と医師との間で、精密検査を行うまでにひと悶着があったのを皮切りに、少年は、父親や友人の見舞い客に見舞われるてんてこ舞な日々を送ることとなった。
 だがその中に、姉の姿がなかったことを、少年はまるで気がつかなかったのである。

 少年は、事故から半年あまり昏睡状態にあった。
 毒性と燃焼性の強い火山性ガスである硫化水素が充満した空間に、三時間近く曝されていたにもかかわらず、奇跡的な生還を果たしてみせた少年のニュースは、当時、たくさんの情報番組、新聞に取り上げられたものだった。
 だがそれに反して、少年が意識を取り戻したという情報は、地元の地方新聞の一角に小さく見られただけで、全くと言っていいほど注目されることはなかったのである。
 その実、保養施設の所有権を有する企業が、再度のイメージダウンとそれに伴う株価の動向に過敏になったため、情報操作を行った賜物だったのだ。
 しかし家族にしてみれば、変に周囲を騒がれることなく、少年の療養に終始できる結果となったので、むしろ好意的に受け取ったのである。

 少年の回復は目を見張るものがあった。
 もともと身体的にこれといった後遺症が認められなかったのもあるが、何より、リンカーコアの出力が格段に高くなっていたことが、回復を早める結果に結びついたのである。つまり『自身の異常箇所を、自身の治癒魔法で回復させた』らしい。
「命の危険にさらされた状況下で、長時間、慣れない制御を酷使した結果、リンカーコアの出力が上がることは、過去にも報告されています。
 彼の場合は、それが顕著に現れたのでしょう」
 と、少年の担当医師は、鷹揚に笑って答えたものだ。
 だがその一方で、少年には軽微な記憶障害が認められたのである。
 それは『目の前で姉が、何も出来ずに死んでいく様を見つめなければならなかった』ことに起因している。ために、彼の記憶には、姉の存在が欠落してしまったのではないかと、医師は母親に説明した。

 一年後―――――。
 すっかり回復した少年は、元気に走り回れるようになっていた。
 しかし少年の身には、劇的な変化が生まれていた。
 背は十代になったばかりだというのに、既に一六○cmを超え、髪と肌からは色素が抜け落ちてしまったのだ。同様に、瞳孔も色素が抜け落ち、網膜の毛細血管が透けて見えるせいで、瞳はルビーのように赤く深紅に染まってしまった。
 医師は後天的な白子症(アルビーノ)だと診断した。

 更に一年後―――――。
 少年は夢遊病のように、深夜の街中を徘徊するようになっていた。
 翌朝保護され、意識を取り戻した少年は、徘徊している最中の記憶をまったく持っていなかった。
 廃棄処分場に転がるがままになっていた自動車を、魔法で破壊し、暴れ回っていたのだ。

 更に半年後―――――。
 少年は、日の光に嫌うように部屋に閉じこもり、頑なに外に出ようとしなかった。
 容姿の劇的な変化に戸惑いつつも、「事故のせいだろう」と最初のうちは友人共々笑いあっていた。しかし徘徊時の出来事について風聞がついて周り始めると、一人、また一人と敬遠するようになり、ついには、誰も彼の元を訪れなくなったのだ。
 曰く、両手の先から放った砲撃魔法で、自動車を破壊していくその様は、魔導師ではなくバケモノの様だった。
 曰く、本当のあいつは事故の時に死んでいて、今のあいつは、あいつの姿を借りたバケモノだ。
 曰く、夜な夜な轟く不気味な遠吠えは、先祖返りを起こした少年のものに他ならない。
 そんな口さがない風聞や誹謗中傷がこれ見よがしに聞こえてくれば、我慢の限界である。
 だから少年の父親は、行動を開始したのである。

 少年の父親であるアルベルト・ターナーは、建設機械の設計技師である。
 しかしそのコネクションはその業界だけに留まらず、時空管理局の技術局にも存在していたのだ。
 建設機械には、ゴーレムのような魔法によって駆動する一〜八m程度のロボットが用途別に多種多様、開発されており、アルベルトが籍を置く企業は、その分野において花形だった。そしてそれらの技術は管理局にも技術供与されており、そのコネクションをフルに使えば、出向という形で半ば強引に管理局の技術局へ籍を移すことも出来たのである(技術供与された技術は、主に災害担当の部署に特殊車両として率先して配備されている。ちなみにその部隊は『特車隊』と呼ばれ、中でもミッドチルダ首都クラナガン周辺の住民においては『とても愛される存在』になっているらしい(笑))。
 何故そこまでするのかと問われれば、彼は簡単に答えてみせただろう。
 息子を愛しているし、信じているからだ! と。
 だからこそ、その身の潔白を証明するために、管理局の権力と技術力を利用する腹積もりだったのだ。仮に医療機関を頼れば、息子は何所とは知れない施設に隔離され、一生、会えなくなる可能性が高かった。だが管理局に所属していれば、優遇処置で息子を身近な場所に置くことが出来る。そして何よりも、息子の身の上に起こったことを公的に調査することも出来る。
 事実、アーネストは管理局が用意した隔離施設に収監されることとなったが、アルベルトの目論見どおり、目の届くところに置くことが出来たのだ。故に家族は、一週間と空けずに面会する自由を得ることに成功したのである。
 そうして、アーネストの身の上に起こっている事実が、次第に明らかになっていった。

 ゼロは酷く戸惑っていた。
 まさかこのような事態になるだなんて、思いもよらなかったからである。
 彼以下、ゼム、ゼラも含めたゼーレの面々は、アーネストの体内に『寄生』している状態だった。
 火山性ガスの立ち込める施設に閉じ込められていたアルを、彼らが発見したときには、既にアルは息も絶え絶えの状態にあった。なんとか障壁によってガスの被害を免れてはいたが、それでも呼吸に必要な酸素が、絶望的に不足していた所為だ。
 一方、その場に転がっていたもう二つの『それ』を見つけたとき、ゼムとゼロは気色ばんだものだ。これまで、鼠や蛇といった決定的に魔力資質の劣った生物しか手に入れられなかった状況から一転、高度な魔法を行使できるチャンスが到来したからだ。しかしゼロはそれを許さなかった。
――まだ助けを求める声が、障壁を張っている固体から聞こえてくる。きっと僕らとは別に助けが来るはずだ。その時、諍いになるような事態はなるだけ避けたい。
 確かに、喜び勇んで手に入れた力を、手放さなければならないような局面に遭遇するのは御免被りたい。ゼロの言うことに一理有ると判断した二人は、彼の言うことに従う事にした。
――ではどうするのだ?
――しばらくの間、この固体と共に暮らしてみよう。労せず、魔力と外の世界の情報を手に入れることが出来るはずだ。
 事実、ゼロの言うとおりになった。
 少年は二時間もしないうちに駆けつけたレスキュー隊に救助され、救急医療施設に収容、治療される運びとなったのだ。そして回復を待つ間、少年は何度なくその体を検査されたのだが、彼の体細胞に擬態していたゼーレの面々は、その悉くをパスしていったのだ。更には、折に触れて少年のリンカーコアに触れ、力を付けていったのである。
 だが、僅かな誤りが、大きな傷害となって立ちはだかろうとは思いもしなかった。
 少年のリンカーコアの変質だ。
 体内に異なる意識を持った者が三人も寄生しているのだ。そしてこの三人は、戦闘生物として生み出された存在でもある。ために、闇や魔性寄りの、暴力的、残虐的な性格設定がなされていて当然だった。そしてそれは、成長し始めた少年のリンカーコアと干渉しあい、結果、少年を、夜な夜な破壊活動へと誘い始めたのである。
 しかしそれはゼロの望むところではなかった。むしろ、彼らを生み出した創造主たるギースにしてみれば嬉しい誤算ではあったが、彼らにしてみれば迷惑でしかなかったのだ。
 何故なら、溶岩の中で生き残ること、何をしてもまず生き延びることを第一としてきたゼロにとって、変質しだした少年のそれは、何も生み出さない最悪の可能性だったのだ。
 だから管理局の研究医療施設に隔離されたことをこれ幸いとばかり、彼は外の者と連絡を取ることにしたのである。
 少年の父親、アルベルトその人だった。

 事の顛末を聞かされたアルベルトは当惑し、そして憤慨したものだ。
 大事な息子の体の中に、得体の知れない連中が巣食っていて、それが原因で息子の人生は滅茶苦茶にされてしまったのである。しかもあろうことか、人畜無害を装っていたがボロが出るなり助けを求めてくるとは、寄席の高座にも登らない与太話だ。それならばガンの告知のほうが、まだ好意的に受け入れられたことだろう。
 幸い、息子のリンカーコアと『ゼーレ』を名乗る連中のそれとは、融合するような危険な状態にはないらしいから、彼らを息子の体内から分離することが出来さえすれば、息子は再び、平穏無事な生活を取り戻すことが出来る(白子症は残る)らしい。
 ならばとっとと出て行ってもらいたいと思うのは、エゴでもなんでもなく、通常の人間の、人の親としての当然の考えだ。アルベルトもその例に洩れず、ゼーレの申し出を率先して受け入れた。何よりその為に、管理局に出向したのだから是非もない。
 彼らが言うには、アーネストの体から分離するには、外科手術による切除の必要はないとのことだった。彼らの方から、率先して体外に分離することができるのだという。
 むしろ問題はその後だった。
 アーネストから得たDNA情報により、ヒト型のボディを構成することが出来たが、無限増殖に伴う記憶などの欠損は避けられない。
――これが出来なければ我々に未来はない。だから分離する意味がない。君の息子の体を逆手に脅迫するようで申し訳ないが、これを解決する手立てを考えてほしい。
 それがアルベルトに提示したゼーレの条件だった。

 以後、寝食を惜しんでアルベルトは研究に打ち込み始めた。
 彼の専門は、建設機械(主にヒト型重機)のコアモジュールとそれに載せるOSである。
 コアモジュールは、管理局が制定した規格(この場合、CPUやチップセットと同義)に則って開発されているので、魔導師が利用するデバイスと互換性があった。そのため、魔導師がその気になれば、建設機械であるヒト型スレイブユニットを自らのデバイスとして利用する事も可能だったのだ。ならばその逆もまた然り。
 つまりアルベルトは、ゼーレのためにオリジナルのデバイスの開発することにしたのである。まったくの畑違いではあったが、息子のためならばどんな苦労も苦にならなかった。
 しかし問題は無限増殖による記憶の欠損である。
 これは避けることできない大前提だ。ならばどこかにバックアップを用意するしかないのだが、これが大きな壁となって立ちはだかった。
 確実性が一番あるのが、デバイスを利用することだった。しかしデバイスに頼ることは出来なかった。デバイスに個人の記憶や人格を、丸々、写し取るような機能は備わってはいない(それが出来ればPS事件は起きなかっただろうし、Project・Fも日の目を見なかったかもしれない)し、出来たとしても複写、転写に時間がかかる。そこまでリアルタイムに、彼らの無限増殖を管理し、処理できるような演算能力を持つデバイスは存在していなかったし、技術もたま発展していなかった。
 だから彼は他の方法を模索し、思いついたのである。
『デバイスと使い魔を相互利用する』という方法だ。
 常に魔力的、精神的に繋がりを持った使い魔という存在ならば、『第二の自分』として調整して生み出すことが出来るかもしれない。これを、デバイスを介して次元の狭間にでも固定し、記憶や人格などの情報を一切合財任せてしまえば、実体であるゼーレの面々がいくら無限増殖しようとも、情報の欠損が起こる道理がなくなるはず。
 研究の気分転換にでもと、リモコンで遠隔地にあるカメラを使い、観光地の光景を映し出すサービスを利用している最中に思いついた瞬間、アルベルトは悲嘆に暮れる家内への電話や、小躍りしそうになるのをこらえるのに、ひどく努力を要したものだった。
 とにかくこれで、息子を救うことができる!
 アルベルトは意気揚々と、このアイディアを実現するために動き出した。
 仮にこのアイディアを、彼らゼーレを生み出したギースが聞いたならば、腹を抱えて笑い転げたことだろう。何しろ廃棄したはずの失敗作が日の目を見たのだ。まるで大学の教授が発明発見した分けの分からない技術を、倒産寸前の零細企業が起死回生の事業として成功を収めたのに等しい偉業なのだ。
 だが実際問題、彼の息子に起こっている身の上の方に、ギースは酷く興味をそそられることだろう。何故なら、彼らゼーレがしでかした事は、魔法を使えない人間を大量破壊兵器に『調整』することと同義で、うまくすれば『注射器一本で兵器を現地調達できる』商品に化ける可能性があったからだ。
 しかしこの場にギースの姿はない。今頃彼は、エーデルハイネの地下にある研究施設で、己の本分を全うしているはず。まさか自分の与り知らぬこの場所で、そのような話が進んでいるなど夢にも思わないだろう。
 また運もよかった。
 ギースが関わっているコングロマリットは、管理局との間に密約を交わしている、所謂死の商人でもあったのだ。無論、そのような存在との繋がりを、管理局は認めないだろうが、それは確かに存在していたのである。したがってアルベルトの研究は、彼らの耳目に捕らわれる可能性もあったのだ。
 がしかし、アルベルトの息子の身の上に起こっている事と、実験生物『ゼーレ』の繋がりがあるなど、考える分けがない。また、アルベルトが掲示した研究の建前が、うまく彼らの目を欺いたのだ。
 こうして『使い魔使役によるデバイス処理能力の向上、および人型スレイブユニット高効率運用の可能性について』と銘打たれた研究がスタートしたのである。

 しかし、せっかくの目処が立ったというのにも関わらず、少年の症状は悪化の一途を辿っていったのだ。
 研究開始より一年後、リンカーコアの変質は、少年の精神状態にも影響を来たし、意識の混濁はもちろん、凶暴性も増長させていた。風貌も同様だ。呻りを上げる口の端から覗く犬歯はもはや牙だ。父親が抗議をしようとも、拘束具は日常的にかけられるようになり、さながら鎖につながれた肉食獣そのものだった。

 そんな獣の心の中で、少年の心は必死に戦っていたのだ。

 我獣也
 我は獣なりッ
 ワレハケモノナリ!
 我を解き放て! 我は肉を裂き、骨を砕き、血を啜る暴力の象徴なり!
 我の言葉に耳を傾け、その意に従え!

 心の奥底から吹き出してくる自分ではない誰かの声が、戯曲『魔王』の如く、少年の心を激しく揺さぶりかけてくる。
 しかし――――!
 否! いな、イナ、否! 断じて否!
 ワレハニンゲンナリ!
 我は人間なりッ
 我人也
 我は地に二本の足を着き、経って歩く人間なり。
 四つ足で歩く、下郎と同じにするな!

 少年の精神の中で、二つの声が鬩ぎ合う。
 時には逆巻く暴風。時には押し寄せる津波。時には猛り狂う業火となって、少年の心を打ち砕かんばかりに、どす黒い獣性が鎌首をもたげて押し寄せてくる。
 それに対して、小さな小さな小石にも満たないほどに縮こまった少年の精神は、濁流に飲み込まれる笹舟同然だった。しかしその度に少年は奮起するのだ。
 時には突風をモノともしない大木の如く。
 時には憤怒の形相猛々しい羅漢の如く。
 時には波を蹴散らす巌の如く。
 暴れ狂う内なる黒い炎に抗い、皮一枚のところで繋ぎ止め続けたのだ。
 何が少年を頑なに、そうさせたのだろう。
 理由は簡単だった。
 少年が必死になって守る、小さな小さな花があったのだ。それは道ばたに咲いているような、白い小さな花だった。しかしそれこそが少年を人たらしめんとするもののイメージだったのだ。
 その正体は、少年が記憶の奥底から押遣ってしまった少女だった。
 時に少女は、悪夢となって少年の心を苛んだ。
 血を吐きながら絶命していった姿でだ。
 涙を流しながら旅立っていった姿でだ。
 そして、共に黄泉の世界に行こうと手を引くのだ。骸の姿になって。
 悪夢にうなされ、泣き叫ぶ少年を、両親は優しく介抱してくれた。思い出さなくて良いんだと諭しながら。
 だが少年は、その少女が優しく自分を呼ぶことに、酷く安堵する事にも気づいていたのだ。
 少年は覚えていた。夜の闇に怯え、一人で眠れない自分を「しょうがないわね」と抱き寄せてくれた、その優しいぬくもりを。
 少年は覚えていた。近所で飼われている犬が怖くて、一人では通り抜けられない自分を「しょうがないわね」と手を引いて歩いてくれた、その優しい微笑みを。
 少年は覚えていた。山ほど残していた夏休みの宿題を、半べそになって片付けている自分を見るに堪えかね、「しょうがないわね」といいながら手伝ってくれた、その優しい後ろ姿を。
 そして彼女は今もなお、「しょうがないわね」と呟きながら、泣き虫で弱虫で頼りない弟のために笑っていたのである。
 少年を人間たらしめんとする楔として。健気に咲き誇る一輪の可憐な花として。
 だから少年は、その楔に必死になってすがりついたのだ。
(それを離してはならない。それから手を離してはならない。離したら、もう二度とその笑顔を思い出す事は出来なくなる)
 少年はその思い出の少女が、一体どこの誰なのか思い出す事は出来なかった。それはとても悲しいことだと、胸の奥に響く痛みで理解する事が出来たのだ。だから、その笑顔だけは、自分だけに向けられるその笑顔だけは決して忘れてはいけないのだと、固く心に誓ったのだ。そしてそれこそが、少年をアーネスト・ターナーとして繋ぎ止める唯一の糸だったのである。
 アンジェリカ・ターナー
 それが少女の名前だった。
 アーネストの姉という存在だった。
 そして死してなお、アンジェリカだけが、アーネストの味方であり続けたのだ。
 だからこそ少年は、彼女の弟として、男として、必死になって、内なる暴力に抗い、戦ったのである。
「ボクハ・・人間・・だ・・・ッ!
 獣なんかじゃ・・ない・・・。
 出て・・いけ・・・
 出て行け――――ッ!」

 二年後――――。
 時空管理局の技術局庁舎にて、試作デバイスの評価実験中に火災が発生した。
 火災は施設の一区画を延焼する事件にまで発展した。
 だが幸いにも死傷者は一人もでなかった。
 管理局の広報担当官は、実験担当の派遣技術者の不注意によって、今回の事故は発生したとして、各メディアにアナウンスした。
 後日、派遣技術者には、型通りに訓告が出され、派遣もとの企業からは解雇されたという。だが技術者は、その処分に対して企業を提訴することなく、施設にて療養中だった子息の回復、退院とあわせて、別次元へと居を移したという。
 そんな技術者の家族達を、ひっそりと見送る六つの瞳があったのだが、それに気づいた者は誰一人いなかった・・・。



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